ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Edith Pearlman の “Binocular Vision” (2)

 あともう少しで Erin Morgenstern の "The Night Circus" を読みおえるのだが (超オモロー!)、その前に "Binocular Vision" について落ち穂拾いをしておこう。
 Edith Pearlman はまったく知らない作家だったが、ここに収録されている短編の初出リストを見ると、いちばん古いもので1977年の作品。米アマゾンでざっと調べたところ、旧作もすべて短編集で、この "Binocular Vision" を読みはじめたとき、「Pearlman は根っからの短編小説作家なのかも」と直感したのはどうやら正しかったようだ。
 ピンときたのはまず、どの話も登場人物の「日常生活を淡々と描く…だけで読ませるところが職人芸」と思ったからである。あまりに「淡々とストーリーが進む。いや、小説的事実が積み重なっていくだけ」なので、読んでいる途中は、その「職人芸」を実感することはほとんどないかもしれない。べつに気の利いたセリフがあるわけでも、巧みな比喩があるわけでもない。ただ、即物的で一見単調とも思える描写によって、登場人物の人生が次第に浮き彫りにされる。そして「そこに何かしら深い思いが流れていることだけは伝わってくる」。このあたりが「技巧を技巧と感じさせないすぐれた短編集」のゆえんですね。
 それからやっぱり、「幕切れの一節、一行、ひとこと」がすばらしい。といっても、それはいわゆるオチでも何でもない。「それまで潜行していた感情が水面に浮かんできて、波紋が一気に広が」ったり、「感情がかいま見えるだけ」だったり、というニュアンスの差こそあるものの、要するに登場人物の「人生が凝縮された一瞬」。そこに何か深い洞察が示されているわけではないけれど、ああ、たしかに生きていると、そういうことってあるよなあ、と思わせる。これぞまさしく短編集の醍醐味です。
 もちろん、ぜんぶがぜんぶ☆☆☆☆(80点くらい)の出来ではなく、中には☆☆☆★★(70点くらい)のものもあるけれど、本書が上記のようなタイプの短編を集めた教科書的作品であることは間違いないでしょう。