ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Erin Morgenstern の “The Night Circus” (1)

 大変遅まきながら、Erin Morgenstern の "The Night Circus" をやっと読みおえた。「遅まきながら」というのは、前から読みたかったのに諸般の事情でずっと積ん読中だったからだ。周知のとおり、パブリシャーズ・ウィークリー誌や米アマゾンなどで今年のベスト小説のひとつに選ばれた作品である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆]『夜のサーカス』。なんという蠱惑的なタイトルだろう! ここにはきっと夢の世界が広がっているにちがいない。その期待どおり、いや、それ以上に読者の心をわしづかみにする秀作である。ある日突然、世界各地に出現し、連夜、日没から夜明け前まで各テントで摩訶不思議なショーを演じたあと、忽然とまた消えていくサーカス。それは観客の現実感覚を狂わせ、読者の目をくらませる、まさに異次元の小宇宙だ。しかし圧巻は、この魔法のようなサーカスとその周辺を舞台に繰りひろげられる、若きマジシャンたちの熱い人間ドラマである。本質的にはメロドラマながら、舞台にふさわしく、というより舞台と連動して、多くの関係者、当事者でさえも先の見えない謎とサスペンスに充ち満ちた展開で、亡霊なのか生身の人間なのか一種異様な人物も登場。凡庸に堕しかねない恋愛ドラマが壮大なイリュージョンそのものと化している。それを盛り上げる脇役たちの出し入れも絶妙で、当初は無関係に思えたいくつもの副筋がしだいに主筋へと合流していく構成はまさに名人芸。ただひとつ、お門違いの注文をつけると、こうした現実と非現実の混淆によってしか描きえない人間の現実とはなにか。その意味がしかと伝わってこない憾みがある。が、それはまたべつのサーカスで期待すべき演目なのかもしれない。