ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Edith Pearlman の “Binocular Vision” (1)

 今日は Denis Johnson の "Train Dreams" について落ち穂拾いをするはずだったが、先月以来中断していた Edith Pearlman の "Binocular Vision" をようやく読みおえたので、そのレビューから先に書くことにした。今年の全米図書賞候補作のひとつである。
 追記:その後、本書は2011年のロサンゼルス・タイムズ紙文学賞の最終候補作にも選ばれました。

Binocular Vision: New & Selected Stories

Binocular Vision: New & Selected Stories

[☆☆☆☆] オー・ヘンリー賞受賞作もふくむ選りすぐりの旧作21編と、13の新作をあわせた珠玉の短編集。とくに凝った文体ではなく、ユダヤ系の老若男女の日常生活を中心に、ドラマティックな展開もなく淡々とストーリーが進む。いや、小説的事実が積み重なっていくだけで、ストーリーとさえ言えないかもしれない。ときおり、さりげなく喜怒哀楽が示されるものの、彼ら彼女たちが感情をあらわにすることはめったにない。が、そこに何かしら深い思いが流れていることだけは伝わってくる。やがて迎える幕切れの一節、一行、ひとこと。それまで潜行していた感情が水面に浮かんできて、波紋が一気に広がる。意外な事実が暴露されることもある。一方、感情がかいま見えるだけのことも。この最後の瞬間にすべてが集約されている。出会いと別れ、愛と悲しみ、生と死。まさに人生が凝縮された一瞬である。たまたま10年おきに再会した男と女がかわす視線のなんと雄弁なことか。これは、そういう「閃光の人生」をみごとに捉えながら、技巧を技巧と感じさせないすぐれた短編集である。英語は語彙的にややむずかしく、また抑制された感情を汲みとる意味でも精読を要求される。