ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Vanessa Gebbie の “The Coward's Tale” (2)

 これを書いている時点ではまだブッカー賞のロングリストは発表されていないが、珍しく5冊も読んだ「ロングリスト候補作」の中で、本書はいっとう抜きんでていると思う。実質的には連作短編集ということで、こんなスタイルでも長編と言えるのかなと危ぶんでいたが、終幕を迎え、それまでに登場したおもな人物が一堂に会し、彼らの物語がひとつに収斂してエンディングとなる。去年読んだ Tom Rachman の "The Imperfectionists" と同じような輪舞形式の長編である。異なるのは、中心となる語り部がいるところだろう。
 作者の Vanessa Gebbie はどうやら短編作家らしく、本書が長編デビュー作なのだそうだ。読みはじめたときから、形式だけでなく、ひとつひとつの話が内容的にも短編みたいだなと思っていたが、その印象は正しかったわけだ。そして Steven Millhauser や Jhumpa Lahiri の長編にすぐれたものがあるように、本書も短編集の味わいをのこしながら長編としてもウェルメイドな作品に仕上がっている。
 ぼくが何より感心したのは、マジックリアリズム風の幻想的な物語が「人びとの心の奥にある悲しみ、愛と喪失を浮かびあがらせ」ている点だ。マジックリアリズムというと、現実と非現実が入り混じり、何が何だかわけがわからないが、とにかくムチャクチャおもしろい小説をぼくは連想する。いい加減な定義ですな。
 その点、本書は「ムチャクチャおもしろい」というほどではない。冒頭の数話を読んだだけで作者の意図がわかり、破天荒なおもしろさはない。だが、その代わり、「どの話にもしみじみとした味わいがあり、やがて現実が非現実と重なりマジックリアリズム風の幻想小説と化すとき、深い悲しみが静かに伝わってくる」。しかも、「その悲しみがタペストリーのように幾重にも織りなされ」た結果、ここには「悲劇で結ばれた幻想的な異空間としてのコミュニティーが出現」している。それは理想郷とは言えないにしても、心のふるさとであることは間違いない。その意味でぼくは、宮沢賢治イーハトーブを思い出した。この本がロングリストに選ばれることを切に希望します。