ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Vanessa Gebbie の “The Coward's Tale” (1)

 Vanessa Gebbie の長編デビュー作、"The Coward's Tale" をやっと読みおえた。イギリスのファンのあいだでは、今年のブッカー賞のロングリストに選ばれるかも、と話題になったこともある作品である。さっそくレビューを書いておこう。

The Coward's Tale

The Coward's Tale

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[☆☆☆★★★] たんに奇をてらったような幻想小説がある。が、本書における幻想、マジックリアリズムは、人びとの心の奥にある悲しみ、愛と喪失を浮かびあがらせるのにすこぶる効果的な役割を果たしている。舞台はウェールズの元炭鉱町。「臆病者」と称する乞食の老人が親しくなった少年に、町民たちにふしぎな物語を語り聞かせる。木片を削って宙に浮かせようとする男。川でゴミを釣る男。町中をひたすら一直線に歩く男。年に一度、パンを焼いて川に捨てる男など、いっぷう変わった人物が続々登場し、迷信やフォークロア、幽霊話をまとめた連作奇談集のおもむきである。が、どの話にもしみじみとした味わいがあり、やがて現実が非現実と重なりマジックリアリズム風の幻想小説と化したとき、深い悲しみが静かに伝わってくる。その悲しみがタペストリーのように幾重にも織りなされ、炭鉱の落盤事故という悲劇で結ばれた幻想的な異空間としてのコミュニティが出現。それは本書が長編であることを実感する瞬間でもある。