ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alia Trabucco Zerán の “The Remainder”(2)

 超繁忙期は終わったものの、相変わらず〈自宅残業〉の毎日だ。テンプなので勤務時間が過ぎるとすぐに退勤できるのはいいのだけど、勤務時間内に片づけられなかった仕事を家に持ち帰る破目になる。因果な商売だ。
 おかげで読書量も激減。いま読んでいる Ali Smith の "Spring"(2019)もカタツムリくんペース。ただこれ、クイクイ読めるほどには面白くない。今年のブッカー賞のロングリストに入選するのではないか、という現地ファンの下馬評なんだけど。
 時間の処理や叙述スタイルには工夫が凝らされている。それがちと凝りすぎで、イマイチ流れがわるい。それはともかく、へえ、と思ったのはこんな文だ。Last March. Five months before she will die.(p.31) Last April. The last April. Four months before she will die.(p.65)
 この will 、標準的な英文法では誤用のはずで、ふつうなら she died と書くところだろう。それを she will die とすることで過去の出来事の実況中継となり、生前の she の存在感が増すとともに、そのぶん話者の she への愛情が伝わってくるように思う。
 さて、ここから表題作の落ち穂拾い。こんなくだりはどうか。.... and I also saw lost ideas, night-time ideas cowering from the sky; and then came the black and everything dissolved, because the cornea was pulverized and turned into millions of particles floating in my blood, and each of those particles snuck into my pores and that's how the eyes in my skin came about, and that's why I see them, cos I have a completely different perspective, in each pore a minuscule eye born of that cornea, and given how many there are I can spot dead bodies wherever they are ....(p.144)
 ふっ。コピーするだけでもしんどい。こんな調子で、一章まるごと、コロンやセミコロンこそあるものの、厳密には長大なワンセンテンスがえんえんと続くのだから、切り取って引用しようにも骨が折れる。サンティアゴの「市内各地で死者を目にする青年フェリーペ」の独白である。これなど、「シュールな幻想に満ちたマジックリアリズムの世界」の典型例だろう。
 この世界と平行して描かれるのが現実世界だが、どちらにしろ、おおかたぼくの読解力不足のせいもあって意味不明のくだりが多かった。仕方なく、Wiki でチリのことを調べてみると、ははあ、なるほど、ここはこういうことなのですね、と腑に落ちることもあり、その成果をまとめたのがこんなレビュー。「現実と非現実が交錯するなか、しだいに過去の忌まわしい悲劇が浮かびあがる。ピノチェト軍事政権による激しい弾圧の犠牲となったのがフェリーペたちの親の世代なのだ。(中略)三万人もの死者と、国民の十分の一もの亡命者が出たというチリの現代史をひもとかなければ、主なエピソードの意味は外国の読者にはピンと来ない」。
 もちろん、ピノチェトのピの字も出てこないので、いい加減な推測にもとづく、およそレビューとも言えぬ個人的感想にすぎないが、ぼくにはそうとしか読めなかった。でも、本書は今年のブッカー国際賞レースで3番人気だったのだから、きっとぼくの見落とした美点が多々あることでしょうね。
(写真は、去年の春、愛媛県宇和島市仏海寺の裏山で見かけたモンシロチョウ。この姿を目にしたときは、ああ、仕事を辞めてよかったと実感したものだけど、それが今年は四月から、よんどころない事情でテンプにしろ復職。いやはや)

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