ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Eternal Husband and Other Stories” 雑感 (3)

 今年のブッカー賞最終候補作で1冊だけ読み残している Will Self の "Umbrella" がまだ手元に届かない。そこで、今月初めに中断してしまった Dostoevsky の英訳短編集、"The Eternal Husband and Other Stories" に再びとりかかった。こんどは第2話の表題作からである。
 読みはじめて思い出したのだが、これは高校時代に邦訳を手にしたとき、第1章で早くも挫折してしまったものだ。そこで主人公の Velchaninov が40歳近くになって老いを自覚し、憂鬱な毎日を過ごしている。40歳といっても19世紀の昔は平均寿命が今よりずっと短かったはずだから、現代に当てはめれば60歳前後かもしれない。そんな初老の男の物語に高校生のぼくが関心をもてなかったのも、まあ、無理もないでしょう。
 有名な中編だと思うので内容の紹介は省略するが、途中で気がついたのは、第1話の "A Nasty Anecdote" と同じく、登場人物の感情の振幅が非常に激しいことだ。愛から憎しみへ、憎しみから愛へ、はたまた愛憎なかばするなど、「まさに極端から極端へと揺れ動いている。その葛藤からドラマが生まれているところにドストエフスキーらしさがあるように思う」。
 それから、これまた第1話同様、ドタバタ騒動が目だつ。前回も書いたように、ドストエフスキーといえば、ぼくには『悪霊』や大審問官説話に代表される〈思想の巨人〉としてのイメージが強いが、こんなコミカルな anecdote もお手のものだったんですな。あ、4年前の夏に読んだ "The Idiot" にもたしか、このノリがあったのでは。
 その中にあって、ぼくは頭がカタイせいか、'The most monstrous monster is the monster with noble feelings.' (p.213) といった意味深な言葉につい目がとまってしまう。『悪霊』の世界に相通じるものがあると思う。
 それにしても、鮮やかな幕切れですな。妻思いの eternal husband である寝取られ亭主と、今は亡き元妻の間男が駅でぱったり顔をあわせ、そして別れる。両者の感情が凝縮し、ここにいたるまでのドタバタ騒動の数々が一気に思い出される名場面だ。