ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Junot Diaz の “This Is How You Lose Her” (2)

 Junot Diaz といえば、2008年のピューリッツァー賞と2007年の全米批評家協会賞のダブル受賞に輝いた "The Brief Wondrous Life of Oscar Wao" が代表作だが、記憶力のわるいぼくは、自分が書いた昔のレビューを読みかえして、そうそう、そんな話だったな、とようやく思い出した。ついでにそのレビューを再録しておこう。(点数は今日つけました)。

The Brief Wondrous Life of Oscar Wao

The Brief Wondrous Life of Oscar Wao

[☆☆☆☆] 失恋つづきのドン・ファンを主人公に、恋とセックスが織りなすファミリー・サーガでけっこう楽しめる。ニュージャージーに住むドミニカ系移民のSFオタク青年が超肥満体ゆえに女に振られっぱなし、万年童貞かと諦めかけていたところへ年上の売春婦に出会い…と主筋を拾っても深みのある小説ではない。が、青年だけでなく姉や母親、祖父と中心人物が交代し、半世紀以上にもわたる一家の波瀾万丈の歴史絵巻がくりひろげられ、その中に青年の恋物語も組みこまれているので主題の軽さは気にならない。むしろ、孤児だった母親が巨乳娘に成長して暗黒街の大物と関係したり、祖父が自慢の娘を独裁者の毒牙から守ろうとしたりといった各エピソードが面白く、饒舌で力強い口語体の文章効果とあいまって快調に読み進める。何度か凄惨な暴行シーンがあるわりに重い気分にならないのは文章の迫力に加え、恋一筋に生きた青年の「すばらしい人生」がやはり救いになっているからだろう。スペイン語が頻出するので厄介だが、語形や前後の文脈から大意を推測できる場合も多く、鑑賞の妨げになるほどではない。
 とりわけ、「巨乳娘」のくだりはケッサクだったような憶えがある。★を1つオマケしてもいいくらいだが、なにしろ中身をほとんど忘れていたので自信がない。忘れた理由は「主題の軽さ」かもしれませんな。ともあれ、今回の "This is How You Lose Her" も失恋の数々を「軽くあっさり、おもしろおかしく綴った佳作」ということで、出来は決してわるくないのだが、あと半年もすれば、題名を見て、ああ、失恋の話だったな、と思い出すくらいのような気がする。
 しかしながら、3日前に全米図書賞の読書体験記をまとめて初めて気がついたのだが、この賞は、作品の出来不出来もさることながら、ひょっとしたらそれ以上に、いかにもアメリカ的なシーンがどれだけ描かれているか、というのが大きな選考基準になっているかもしれない。そう考えると、去年、"The Tiger's Wife" が落選して、ハリケーンカトリーナを中心にすえた "Salvage the Bones" が受賞したのも、まあ納得できる。一昨年の "Lord of Misrule" に出てくる田舎の小さな競馬場にしても、3年前の "Let the Great World Spin" における、ニューヨークの今はなきツイン・タワーを綱渡りでわたった男の話にしても、「いかにもアメリカ的」と言えるのではないだろうか。
 それゆえ、この「失恋遍歴集」にも「移民生活や人種差別の現実など」「いかにもアメリカ的なシーン」がけっこうある以上、こんなの泡沫候補だ、とうかつには言えないかもしれない。