ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Kevin Powers の “The Yellow Birds” (2)

 本書はもしかしたら、イラク戦争を初めて本格的に扱った小説のひとつかもしれない。ぼくのレビューを検索すると、John Irving の "Last Night in Twisted River" にもあの戦争が出てきたことになっているが、あまり憶えていない。たしかテレビを通じた間接的な話だったのではないか。ともあれ、いつかは小説の題材になったはずであり、そういう意味では本書は、書かれるべくして書かれた小説と言えるだろう。
 実際、これは「イラク戦争と聞いて思いうかぶイメージどおりの作品」である。今さらここでくだくだしく説明するまでもない背景で始まり、多くの映像でしばしば目にする機会のあった戦争であるだけに、政治的立場によって多少イメージの差はあるかもしれないが、たとえば不条理で悲惨な戦争というイメージを持っている人も多いと思う。ぼくもその一人だが、理由は簡単だ。イラク戦争にかぎらず、どの戦争も、いざ始まってしまえば、不条理で悲惨な現実が支配する生と死の限界状況にほかならないからである。
 それゆえ、その現実から決して目をそむけてはならないものの、一方、ただそういう現実がえがかれているだけでは、さもありなん、で終わってしまう。小説として採りあげるからには何か新しい切り口がほしい。舞台がイラクに変わったというだけでなく、今までのすぐれた戦争文学に何かを付け加えるような小説であってほしい。
 その点、これは結局、最後まで「ごくフツーの戦争小説」だったのが残念。いろいろな映画や小説で観たり読んだりした場面、描写の連続と言ってもいいくらいだ。雑感にも、ああ、ここは『フルメタル・ジャケット』、ここは(戦争小説ではないが)『ノルウェイの森』と書いたが、たとえば、ある軍曹のこんな pep talk はどうだろう。"Boys," he began, "you will soon be asked to do great violence in the cause of good." ...."This is the land where Jonah is buried, where he begged for God's justice to come." he continued, "We are that justice. ..." (p.87)
 まあ、pep talk なんてのはいつもこんなものだろうが、それにしてもこれは、戦争を正当化するための、あまりにも紋切り型の論理である。それゆえ、多くの読者はここで、何言ってやがんだい、アメリカが実際やったことは……と思うのではないだろうか。
 じつはここに、戦争を考えるうえで重大な問題がひそんでいるのだが、作者はこれについて、ほかの箇所でさらに論じているわけでもない。ただの pep talk でおしまいなのだ。こんなセリフ、どこかで聞いたことがあるぞ、さもありなん。
 しかしながら、これほど重大な問題をあっさり流してしまうとは、作者の戦争観もまた紋切り型なのではないかな、と疑わざるをえない。つまり、戦争とは正義に名を借りた野蛮な行為である、というものだ。じつはぼくもそう思うし、上に述べたように、「どの戦争も、いざ始まってしまえば、不条理で悲惨な現実が支配する生と死の限界状況にほかならない」とも思う。だが、それだけが戦争の本質なのではない。
 ……ううむ、厄介な話になりましたね。もう夜も更けてきたし、それにこの話、数年前にこのブログでえんえん書き綴った「"Moby-Dick" と『闇の力』」のテーマと完全に重複しています。詳しくはそちらを、ということで、とにかくこの "The Yellow Birds" は、「どの場面をとっても従来の戦争小説とほとんど変わらない」し、戦争の問題を深く考察した小説でもない、と結論づけておきましょう。