ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Lisa Halliday の “Asymmetry”(1)

 Lisa Halliday の "Asymmetry"(2018)を読了。周知のとおり、これは昨年のニューヨーク・タイムズ紙選ベスト5小説のひとつである。巻末の紹介によると、Lisa Halliday はマサチューセッツ州出身でミラノ在住の若手作家。本書は彼女の処女作とのこと。さっそくレビューを書いておこう。 (なお、以下のレビューは、2018年10月31日の記事「イラク戦争関連の小説」に転載しました)。

Asymmetry (English Edition)

Asymmetry (English Edition)

 

[☆☆☆★★] およそ人生は「非対称」の世界であり、ひらたくいえば、矛盾と混乱に充ち満ちている。そうした現実を端的かつ象徴的に描いたのがカミュカフカなどの不条理文学だが、本書は定番のテーマに斬新な手法で取り組んだ意欲作。その試みはかなり成功している。まず分量的にアンバランスな構成で、中編に近い章がふたつ続いたあと、最後に短い断章。第一章「愚行」では、高名な老作家と若い女性編集者が関係、ほとんど脈絡のないエピソードが連続するものの、ひるがえって、それこそ人生の現実なのだと実感させられる。テンポのいい会話が楽しい一方、死を予感した愛の叫びが泣ける。第二章「狂気」では、イラク出身の男が帰国途中、立ち寄ったヒースロー空港で拘束され、理不尽でこっけいなやりとりのさなか、いままでの人生を回想。その内省と思索は、混迷を深めるイラクの政治情勢や、矛盾を露呈したアメリカの国家エゴにもおよぶ。最終章では上の老作家が再登場、ノーベル賞受賞後のインタビュー番組でユーモアたっぷりに人生を総括。海の彼方の狂気はアメリカ国内にも波及しているが、いまこそ混乱に秩序をもたらそうとする愚行が必要なのだと訴える。それぞれ無関係に近い章の構成から、対照的な人物の配置、笑いと深刻さ、平和な市民生活と日常化した暴力という内容にいたるまで、どの細部にも「非対称」を意識した小説的工夫がほどこされ、まるで作品そのものが不条理を体現しているかのようだ。内容と形式の一致だけが本書で示された唯一の条理ともいえよう。佳篇である。が、なぜ人間は愚行をおかし狂気に走るのかという点になると、隔靴掻痒、これを読んでも答えは得られない。問題の核心に迫ろうとしないのは現代作家の通弊だろうか。