ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ahmed Saadawi の “Frankenstein in Baghdad”(1)

 今年のブッカー国際賞最終候補作、Ahmed Saadwi の "Frankenstein in Baghdad" を読了。アラビア語の原書は2013年刊、英訳版は2018年刊である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] フセイン政権崩壊後に誕生した新イラク共和国の現状をみごとに風刺したオカルト的な寓話小説。バグダッド市内に散乱する死体から、損傷していない身体各部を収集、合成してつくり上げた死体がよみがえる。とくれば、この「合成人間」はまさにイラクそのものだろう。冷酷な殺人をおかす犯罪者であり、殺されるのが旧体制の犯罪者ゆえに正義の使者でもあり、不死身の怪物として恐れられ、救世主として敬われ、彼を信じる者たちは分裂抗争に走る。奇怪な事件が日常的に起こり、明らかな虚偽が真実とされる不条理な社会とは、おそらくいまのイラクの姿を端的に示すものであり、その象徴的な存在が本書のフランケンシュタインなのだ。一方、寓話とは無縁の日々の生活も巧みに配され、とりわけ信心ぶかい老女や欲得ずくの古物商、不動産屋など市井の人びとの描写が秀逸。ブラック気味のユーモアも混じり、もちろん自爆テロや暴力シーンは迫力満点。また家族小説や青春小説の要素もあり、多彩な趣向を楽しめる作品に仕上がっている。結局、今日のイラクは日常茶飯の現実とシュールな現実から成り立っているのかもしれない。