ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tove Jansson の “The True Deceiver” (3)

 雑感にも書いたように、最初はこれ、映画『太陽がいっぱい』や『マッチポイント』のようなクライム・ストーリーかと思っていた。貧乏な若者が資産家に近づき、財産をねらったり立身出世をもくろんだりして犯罪をおかす。
 実際、ヒロインの Katri は老婦人 Anna の許可を得てではあるが、そのサインを完璧に模倣、ビジネスレターの代筆までこなす。ほほう、やっぱり『太陽がいっぱい』みたいですな。いったいそれがどんな犯罪につながるのだろう。
 と思っていたら当てはずれ。いや、クライム・ストーリーではなくて、じつは……という「種明かしが始まったあたりから次第に興がさめる」。というのも、どうやら「『真の詐欺師は誰か』というのが最大の謎」らしいとわかるのだが、この謎、ミエミエもいいところでしょう。
 それでも、その謎に説得力があればいい。つまり、謎が解けることによって、なるほど人生には世間の人があまり考えない厄介な問題があるんだな、と実感させてくれるような設定である。ところが結局、それは「およそ解決に値する謎ではないし、重大な欺瞞でもない」。
 これ、〈純文学ミステリ〉にありがちなパターンですな。この竜頭蛇尾パターンを超えた、少なくとも、陳腐さを感じさせないのが傑作だと思うのだが、そういう作品にはめったに出会わない。数少ない例外のひとつは、Umberto Eco の "The Name of the Rose" でしょうか。中井英夫の『虚無への供物』は、〈娯楽ミステリ〉なのにパターンを破った稀有な例。
 最後に、「ムーミン・ファンなら一読の価値あり」というのはホントです。Anna はムーミンならぬウサギの挿絵で財をなした画家で、いろいろな団体や個人から資金援助の依頼が舞い込んでくる。作者 Tove Jansson の実体験にもとづく話かもしれませんな。ファンならきっと、舞台やキャラクターなど、ムーミン・シリーズとの共通点を見つけてニヤニヤすることでしょう。
(写真は、宇和島市立明倫小学校の通学路にほど近いコウノさんのご自宅。父の葬儀後、ご香典返しの品をお届けしに訪問。お留守かな、とあきらめかけたころ、コウノさんは薄暗い部屋の奥から出てこられ、涙を流された。独り暮らしのごようすだった)