ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yuri Hererra の “Signs Preceding the End of the World”(1)

 きのう、メキシコの作家、Yuri Hererra の "Signs Preceding the End of the World"(2009)を英訳版で読了。2016年の Best Translated Book Award(最優秀翻訳作品賞)受賞作である。

[☆☆☆★★] 現代人はどこへ向かい、なにをしようとしているのか。その行く先に未来はあるのか。待っているのは終末か。ありふれた問いだ。が、この現代人の運命と実存にかんする問いを文学的に表現する方法は意外にかぎられているかもしれない。波瀾万丈の大長編か、啓示と予感に満ちた詩か、それとも、象徴的な事件をいくつか盛りこんだ中短編集か。本書はその第三のアプローチを試みたノヴェラのようにも思える。主人公は、アメリカとの国境近くに住むメキシコ人の若い女。国境を越えたまま音信不通の兄の行方を追って、自分もまた彼の地へと向かう。暴力と混沌、不条理の支配する世界は明らかに現実そのものではなく、マジックリアリズムを思わせるシュールな状況である。けれども一方、それはまた、夢とも現実ともつかぬがゆえに、かえって現代の荒廃と混乱を端的に象徴した現実でもある。待っているのはやはり終末か。その答えが小気味よい。いかなる運命が待ち受けていようとも、つねに勇気と才覚、強い意志をもって生きる。若い女のタフネスぶりこそ、現代人のあるべき姿を示したものである。佳篇だが惜しむらくは、問いも答えも想定内。『クラウド・アトラス』のような奇想がなければ、もはやこのテーマで傑作は生まれないのではないか。