ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Robin Robertson の “The Long Take”(1)

 今年のブッカー賞候補作、Robin Robertson の "The Long Take"(2018)を読了。さっそくレビューを書いておこう。(7月25日の候補作ランキング関連の記事に転載しました)

[☆☆☆★] 歴史にはつねに光と影がつきもので、けっして光だけ、影だけが存在するということはない。ところが本書は、第二次大戦における連合国の勝利と、戦後のアメリカの発展という輝かしい歴史の裏にある暗黒面のみに焦点を当てている。すべて影のイメージで統一した、ひとつの長大な散文詩とも読める工夫は大いに評価できるし、主な舞台がニューヨーク、ロス、シスコとあって、当時のフィルム・ノワールを実況中継ふうに紹介したレトロな雰囲気も蠱惑的。が、主人公の復員兵ウォーカーの脳裏に去来するのは終始、戦争の残酷さ、悲惨さであり、新聞記者になった彼がたえず目にするのは、貧困、犯罪、人心の荒廃である。つまり、ここで描かれる歴史の暗黒面とは型どおりのものにすぎない。ユダヤ人の虐殺を中止させる手段として戦争以外になにがあったのか、と問うたオーウェルの悲劇的人間観とは雲泥の差である。また都市の再開発のためビルが破壊される場面から戦場の記憶がよみがえり、対照的に戦前のカナダの美しい自然、別れた家族や恋人を思い出すという展開が多く、ウォーカーの傷心がしみじみと伝わってくるのはいいが、これも次第にパターンが鼻につく。なるほど心の影、歴史の影、都市の暗部を見つめるのは詩人の仕事かもしれないが、ウィリアム・ブレイクのように人間の善悪両面に踏みこまなければ偉大な詩は生まれないものである。