ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Lynch の “Prophet Song”(1)

 きのう、今年のブッカー賞最終候補作、Paul Lynch の "Prophet Song"(2023)を読了。前回途中経過を報告した翌日、一気に終盤まで進んだのはいいけれど、そのあと急に飽きてしまい、それから一日数ページのペースだった。
 しかしいま、現地ファン投票による人気ランキングをチェックしたところ、相変わらず第1位! ううむ、どうなんでしょうね。
 Paul Lynch(1977 - )はアイルランドの作家で、"Red Sky in the Morning"(2013)でデビュー(未読)。"Prophet Song" は第5作とのこと。さて、例によってレビューをでっち上げておこう。

Prophet Song: SHORTLISTED FOR THE BOOKER PRIZE 2023 (English Edition)

[☆☆☆★★] 二十世紀は戦争と革命の世紀といわれ、アイルランドも例外ではなかった。独立戦争、南部アイルランド内戦、北アイルランド紛争。しかし今日、流血の惨事はさいわい過去のものとなり、文学の世界でも歴史小説もしくは歴史にヒントを得た小説の題材として扱われるのが通例だ。ところが本書は、アイルランドに出現したディストピアと、それにつづく内戦を描いた近未来SF。そこが目新しく、現地の読者には一定のインパクトを与えるものと思われる。ディストピアの根源にナショナリズムがあり、国家緊急事態法のもと反体制派が逮捕拘禁され、厳しい情報統制が敷かれるようすは、明らかにウクライナ侵攻開始後のロシア国内情勢と酷似。教員組合の主要メンバーだった夫がある日突然失踪したあと、勤務先から退職を余儀なくされたアイリッシュは不安な日々を送る一方、子どもたちを守ろうと奮闘努力する。脳裡をよぎる夫の思い出、深夜の警察官の訪問、反抗的な娘や息子との対峙など、どの場面もさながら散文詩のような情緒にあふれ、政治問題と詩的表現との対比が鮮やかだ。一方、上の例のとおり政治と家庭という対比もあり、このテーマを詩的に綴ったところが本書最大の特色だろう。ただ、ディストピアの構築は内戦を除けば現代ロシア社会の再現にすぎず、ナショナリズムからディストピアへといたる過程の記述もあっさりしすぎて物足りない。たしかに激しい戦闘シーンや、一家の国外脱出時の過酷な状況には息をのみ、アイリッシュの夫や子どもたちへの愛情には胸を打たれる。だが、どれもこれも、いつかどこかで読んだり見たり聞いたりしたようなことばかり。散文詩はまさに最大の特色だったのである。