ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alan Garner の “Treacle Walker”(1)

 きのう Alan Garner の "Treacle Walker"(2021)を読了。Garner は周知のとおりイギリスのファンタジー・児童文学作家で、代表作は "The Weirdstone of Brisingamen"『ブリジンガメンの魔法の宝石』(1960)や、"The Owl Service"『ふくろう模様の皿』(1967)など。1934年生まれの老作家の最新作である本書が今年のブッカー賞候補作に選ばれ、現地ファンのあいだで話題となっている。さっそくレビューを書いておこう。

Treacle Walker

Treacle Walker

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[☆☆☆★] 巻頭の題辞は「時は無知」。イタリアの理論物理学者カルロ・ロヴェッリのことばだが、このファンタジーとも、フォークロアとも、はたまた童話やコミックともいえそうな本書で流れる時間は、たしかに直線的ではない。謎と矛盾、パラドックスに満ちたカオスそのものである。このカオスに住む少年ジョーは片方の目の視力がわるく、あらゆるものが二重三重に見える。読んでいるコミックのキャラクターが本から飛び出してドタバタ騒動を起こしたり、ジョー自身が鏡の内外や、夢と現実の世界を行き来したり、彼には「現実と非現実の区別がつかない」。子どもにその区別を、いいかえれば、この世には一定のルールがあることを教えるのがおとなの役目だが、くず屋のトリークル・ウォーカーをはじめ、本書のおとなたちは口をそろえ、「外のものがなか、なかのものが外」とカオスを追認するだけ。ウォーカーはまた、「年月からの解放」を希求。上のロヴェッリの世界的ベストセラー『時間は存在しない』の援用のようだが、時間、および時間とともに変容する空間の本質がいわば、おもちゃ箱をひっくり返したようなものだとしても、それをひっくり返してはいけない、という異論がなくてはフィクションとしては面白くない。ルールはフィクションかもしれないが、ルールなきカオスの世界だけでは、少なくとも深い感動はけっして生まれないのである。