ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anna Burns の “Milkman”(1)

 今年のブッカー賞候補作、Anna Burns の "Milkman"(2018)を読了。さっそくレビューを書いておこう。(7月25日の候補作ランキング関連の記事に転載しました)

Milkman

Milkman

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[☆☆☆★★★] 多くの人びとが誤情報や偽情報を真実と見なし、虚報にもとづいて人格攻撃や魔女狩りに走る。本書は、そんな情報化社会における大衆ヒステリーの危険をアレゴリカルに描いた力作である。舞台は1970年代のおそらくベルファスト。警察とテロリストが動静を探りあい、親英派と反英派の住民が対立している。そうした政治状況を認識しながらコミットメントを避けていた若い娘にストーカーが近づくが、彼女の母親もふくめ住民たちはなぜか、娘とストーカーの不倫関係を確信。反論をいっさい認めない全体主義的な閉鎖社会のなかで集団の狂気が娘に襲いかかる。けれども娘はタフな精神の持ち主で、友人以上恋人未満の男とすったもんだの最中。いっぷう変わった恋愛沙汰にアイルランドの政治問題が濃い影を落とし、そこへさらにドタバタ喜劇をまじえた集団ヒステリーが発生という複雑な展開となっている。やや荒削りな構成でダイグレッションも多く、また長大なパラグラフに娘の内的独白や複数の会話、客観描写が連続するなど晦渋な文章だが、そこには人間性への深い洞察が読みとれる。まともな人間ほど心に矛盾をかかえ、自身矛盾を感じない人間ほど他人にレッテルを貼りたがり、その結果、正常者が異常者扱いされる異常な事態。事実を検証せず、おのれの偏見と先入観に気づくこともなく、立場の異なる相手を糾弾する面々。現代の情報化社会への警鐘という点で本書のもつ意味は大きい。重苦しい内容だが、娘が一連の事件を通じて成長する青春小説としても読めるところに救いがある。