ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Douglas Stuart の “Shuggie Bain”(1)

 ゆうべ、今年のブッカー賞ならびに全米図書賞の最終候補作、Douglas Stuart の "Shuggie Bain"(2020)を読了。さっそくレビューを書いておこう。 

Shuggie Bain: A Novel

Shuggie Bain: A Novel

  • 作者:Stuart, Douglas
  • 発売日: 2020/12/15
  • メディア: ペーパーバック
 

[☆☆☆★★★] 裏切られても裏切られても、ひとはひとを愛しつづけることができるのか。ふつうならほとんど無理な相談だが、少年シャギー・ベインにはそれが可能だった。彼は心底、母親アグネスを愛していた。本筋としてはそんな物語である。が、中盤くらいまではアグネスがほぼ完全に主役のお株を奪っている。グラスゴーの貧民街を舞台に、浮気者の夫や、厳格だがエキセントリックな両親、かしましい近所の女たちを相手に丁々発止と渡りあう誇り高き美人ママ。視点の変化が巧妙で、端役がらみのエピソードもふくめ、日常茶飯事に異変が混じるようすは、さながら〈下町不人情話〉。いがみ合いがじつにおもしろい。エゴをむき出しにする姿がリアルそのもの。コミカルで、エロっぽく、陰惨で、どの話もよく出来ている。そこへしだいにシャギーが顔を出し、その「ノーマルでない」性格が少しずつ暗示される。と同時に、前半でも台風の目だったアグネスが、おなじく異常性を発揮して大暴れ。ふたりの繰りひろげる壮絶なバトル、狂騒劇にはおよそ信じがたいひと幕もあるが、この母にしてこの子あり。病気のアグネス相手に涙ぐましい努力をつづけるシャギーの人物造型には、嵐の吹き荒れる以前から正確な計算が働いている。たんなるマザコン息子の奮闘記ではなく、すぐれた親子の愛憎劇である。