ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Harding の “This Other Eden”(2)

 Paul Harding を読んだのは、2010年のピューリツァー賞受賞作、"Tinkers"(2009 ☆☆☆★★★)以来二冊めだ。

 これ、なかなかよかったよ、と当時同僚のオーストラリア人に話したところ、日本語が堪能で下ネタ好きの彼いわく「チンコーズ!」。思わず吹きだしてしまったものだが、いまとなっては夢のまた夢の思い出だ。でも、ほんとうにいい作品だった。
 その記憶があったので表題作にも期待したのだけど、残念ながら "Tinkers" より★ひとつ(約5点)マイナス。今年の全米図書賞最終候補作でもあったが、ブッカー賞の前にそちらも落選。さしずめ "Sinkers" といったところか。

 粗筋を紹介すると、「20世紀初頭、アメリカ本土にほど近い大西洋の小島に住む黒人奴隷の子孫たちはどんな運命をたどったのか」。ううむ、これでもネタの割りすぎかもしれない。「どんな運命をたどったのか」つったって、そりゃ、そんな運命をたどったに決まってるでしょ。
 ぼくは読了後まで知らなかったが、その大西洋の小島 Apple Island には Malaga Island off the coast of Maine というモデルがあり、本書で描かれた差別と偏見にもとづく住民追放事件は、細部こそちがえ実際に起きたことなのだそうだ。書中ときどき挿入され実録ふうの効果を上げている新聞記事や公文書にしても、おそらく同様の原典があるものと思われる。
 やれやれ困った、書けば書くほどネタばらしになっていく。レビューでひとつだけ挙げた事件の具体例は、「親子の愛情を引き裂く官憲の非情な仕打ち」。これだって、場面がすぐ目に浮かんでくるような話だろう。
 こうした「常識のつまらなさ」ゆえに減点せさるをえなかったわけです。
 一方、ここには「常識のおもしろさ」もある。「平凡な粗筋からはとても想像できないほど凄絶なドラマ」、「万人共通の根ぶかい偏見から生まれる悲惨なドラマ」。いくらモデルがあるとはいえ、さすがピューリツァー賞作家、わかっちゃいるけどおもしろい事件の数々をよく思いついたものだと感心させられる。
 かてて加えて、「各人のゆれ動く心理のこまかい描写や、複雑に入り組んだ詩的で古風な文体、小説的記述に新聞記事や公式文書が織りまぜられる巧妙な話術」。これだけ美点がそろうと、"Tinkers" より★★マイナスってわけにはいかない。
 では、なぜ "Tinkers" はそれほどよかったか。「愛と死と喪失が深い哀感とともに胸に迫ってきて、たまらなく切ない」。なんだ、お涙頂戴式のよくある話じゃないか、やっぱり「常識のつまらなさ」だろう。たしかにそうなんだけど、それでも胸をえぐられる。そんな「エグさ」が "This Other Eden" はちょっぴり足りなかったような気がします。

(下は、この記事を書きながら聴いていたCD)

Elvis Ultimate Gospel