ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Murray の “The Bee Sting”(1)

 本書も途中、大休止をはさんでしまったが、きのうやっと読みおえた。ご存じ今年のブッカー賞最終候補作である。
 Paul Murray(1975 - )はアイルランドの作家で、"An Evening of Long Goodbyes"(2003 未読)でデビュー。第二作の "Skippy Dies"(☆☆☆☆)は2010年のブッカー賞一次候補作だった。第三作 "The Mark and the Void"(2015 未読)の八年後に上梓されたのが本書ということで、"Skippy Dies" と考えあわせると、Paul Murray はどうやら長いこと時間をかけてじっくり超大作に取り組むタイプのようだ。
 以下のレビューは過去記事「2023年ブッカー賞発表とぼくのランキング」に転載するとともに、同記事も加筆訂正することにしました。さて、どんなレビューになりますやら。

The Bee Sting: Shortlisted for the Booker Prize 2023

[☆☆☆★★] なるほど、たしかに「蜂のひと刺し」である。花嫁が結婚式場の教会へむかう途中、蜂に目を刺されてサァたいへん。思わず吹きだしてしまったこの事件、じつは裏話があり、新郎新婦にとって人生の一大転機であったことが終盤で判明。夫婦とその子どもたち、一家と深くかかわる人びとの現在と過去が交錯しながら怒濤のごとくフィナーレへとなだれこんでいく。ことの起こりはアイルランドの田舎町、高校卒業をひかえた娘キャスとクラスメイトの友情のもつれから。これにキャスの弟PJのワルガキらしい冒険と災難がつづいたあと、はじめはチョイ役にすぎなかったふたりの母イメルダと、その夫ディッキーの結婚にいたるまでの恋愛沙汰が叙述形式を変え、みっちり描かれる。上の大事件をはじめコミカルな場面の連続で、緊迫感あふれるエピソードも混じり、やがてコメディとは裏腹に破局が訪れるなど、じつに変化に富んだ青春小説、そしてホームドラマである。紆余曲折を経て結ばれた男と女がふたたび嵐に見舞われ、その嵐が、もうけた子どもたちの青春の嵐と重なる。そしてじっさい終幕で吹き荒れる嵐。みごとな構成だが長すぎる。世界の状況がどうあろうと、ひとは愛する家族を守るだけというテーマも感動的ではあるが、本書の長さを感じさせないほどではない。アイルランド版『蜜蜂と遠雷』とでもいうべき文芸エンタテインメント巨篇である。