ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jonathan Escoffery の “If I Survive You”(2)

 ううむ、困った。これ、いったいどんな本だっけ。
 と一瞬焦ったが、拙文を読んで思い出した。そうそう、長編とも連作短編集ともいえるような作品で、最後の章(話)が本書と同じタイトルだった。

 とりあえず、メモを頼りに第一話 "In Flux" からふりかえってみよう。It begins with What are you? hollered from the perimeter of your front yard when you're nine―younger, probably.(p.3) 
  これが書き出しで、テーマも What are you? you は主人公の少年(のちに青年) Trelawny を指し、彼はいちおうジャマイカ系だが、いろんな血が混じり、自分のアイデンティティにこだわっている。そうせざるをえない人種差別の現実があるからだ。
 この重いテーマをコミカルに描いたところが本篇のミソ。いい出来だと思うけど、こんなストーリーと語り口、いままでもたくさんあったよね、ってことで☆☆☆★★。
 つづく第二話 "Under the Ackee Tree" では、Trelawny の父が you と呼ばれ主人公。And you know the boy [Trelawny] ruin, because is same words him repeating like warped 45:/ I'll chop down your tree./ I'll chop down your tree./ I'll chop down your fucking tree.(p.71)
 この親子対決にいたるプロセスがなかなか愉快で、やはり☆☆☆★★。
 親子対決といえば、Trelawny のいとこ Cukie 少年が父の Ox と壮絶なバトルを演じる第五話 "Splashdown" がスゴかった(☆☆☆★★★)。ぼくはそれまでニヤニヤ、クスクス笑いながら読んでいたのだけど、ここでぐっと引きこまれた。Cukie swims toward Ox. As he nears, Ox leans on the throttle so the boat pulls severeal yards away.(p.132)ここ、ほんとに息をのむシーンなんだけど、これ以上紹介できないのが残念。
   しかしなんといっても圧巻は最終話だ(☆☆☆★★★)。このタイトルを見たとき、ぼくは If I get over you の意かと思ったが、関係がありそうなくだりはこうだった。You assume that, should you survive long enough to become a grandfather or great-grandfather, you will outlive winter; you will outlive glaciers and polar bears and snow. And it occurs to you now that, should you survive to see your progeny reproduce, you will outlive and thus need to explain Miami to these descendants ... / It occurs to you that people like you―people who burn themselves up in pursuit of survival―rarely survive anyone or anything.(p.230)
   この you はふたたび Trelawny で、彼の目前には、上のくだりからは想像もつかないような危機が迫っている。というわけで、「はたして熱い男トリローニは人生の危機を脱して生きのこれるのだろうか」とぼくはまとめたのだけど、これまた隔靴掻痒、いやそれどころか、本篇のおもしろさはさっぱり伝わってこないことでしょう。
 レビューではもっとネタを割ってしまった。「トリローニが白人ペアの変態プレイにつきあわされ窮地におちいる寸劇も強烈」。まあ、これが限界ですな。
 こうしてみると、本書全体の美点としては、ひとつには設定の異常さ、といわないまでもユニークさ。あとひとつ、引用箇所からも推測できるとおり、語り口の軽妙さが挙げられると思う。
 そしてこのふたつが、「いまだ根づよい差別問題、不安定なアイデンティティ、家族の愛憎、下層社会の厳しい現実」といったおなじみのテーマを支えているのである。「いい出来だと思うけど、こんな」パターン、「いままでもたくさんあったよね」。
 ってわけで、本書を去年のブッカー賞最終候補作のランキングで第5位に格付けしたのは、手前ミソながら順当だったような気がします。

(相変わらずベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いている。バックハウスにつづいて、シュナーベル、ナット、そしてこのケンプ。ケンプも捨てがたいです)

Beethoven: The 32 Piano Sonatas