ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Dino Buzzati の “The Tartar Steppe”(1)

 イタリアの作家 Dino Buzzati(1906 – 1972)の "The Tartar Steppe"(1940, 英訳1952)を読了。ヴァレリオ・ズルリーニ監督の遺作『タタール人の砂漠』(1976)の原作である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] ひとは大なり小なり、「内なる砂漠」を心に秘めて生きている。目標や希望、願望がいつも達せられるとはかぎらず、喜びも幸わせも永遠につづくわけではない。不本意な予定や路線の変更は日常茶飯。忍耐をしいられ、不満がつのり、苦渋をなめ、最悪の場合は絶望の淵に沈む。とかくこの世はままならぬ。こうした人生の不毛、無意味、不条理は現代文学ではおなじみのテーマだが、この「内なる砂漠」を外なる砂漠との対峙から描きだしたのが本書である。青年将校ジョヴァンニ・ドローゴが辺境の砦に配属。北の砂漠を越えてタタール人が襲来し、みずから英雄となる日を期待するものの、戦争はいっこうに起こらない。兆しはある。はるか彼方で動く黒い点は目の錯覚か、それとも前進する軍団か。まさに映画的で絵になる光景であり、テーマを忘れてひたすら顛末が知りたくなる。幻想と夢のような世界でサスペンスが高まり、人びとの願望と打算が渦まき、非情な現実も浮かびあがる。ドローゴは当初、早期転属を希望するものの、結果的に三十年以上も砦に残留。そのかんの人生は文字どおり「内なる砂漠」。外なる心象風景とのコントラストが鮮やかな不条理文学の傑作である。