ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Maxwell の "The Chateau"(1)

 何日も前に William Maxwell の "The Chateau" を読了していたのだが、"Moby-Dick" と「闇の力」について考えるほうが面白く、今日までなかなかレビューが書けなかった。

The Chateau

The Chateau

[☆☆☆] 第二次大戦直後、夏のあいだ、アメリカ人の若い夫婦がフランスの田舎にある古い屋敷で休暇を過ごすというシノプシスと、英国版ペイパーバックの魅力的な表紙に釣られ、マクスウェルの埋もれた傑作かと期待して読みはじめた。たしかに出だしは絶好調。夏の夜明け、夢でも見ているような入港のシーンがすばらしく、これからどんなに楽しい展開が待っていることかと、わくわくさせられる。が、そのあとがいけない。室内や風景、人物の描写は精緻を極め、夫婦と屋敷の女主人、その家族や、同宿の客たちとの交流というエピソードも悪くはない。だが、致命的なのは、それぞれの人物同士の心理的な葛藤がほとんど見られないことだ。むろん心理そのものは綿密に描かれる。けれども、その心理が相手の心理とからまない。これは、フランスびいきのアメリカ人夫妻が、戦後まもない滞在ゆえ、当然歓待されるものと思っていたのに、なぜか結局、部外者のまま帰国するという筋立てにもよる。しかし、そういう疎外感がテーマである点を差し引いても、あまりにも人間関係が希薄なため、心理もまた風景のひとつに過ぎなくなっているのは問題だ。第2章でフランス人のほうに視点を移し、歓待できなかった理由が説明されるが、最初から伏線を張りながら物語を進行させたほうがはるかに面白かったはずだ。最後、時の流れの中で永遠に止まっているかのような屋敷のたたずまいと女主人の描写は、うっとりするほど美しい。が、これも風景のひとつである。英語は標準的で読みやすい。

 …"Moby Dick" とは対照的に、人間の生き方にかかわる問題はいっさい出てこない絵画的な小説。正直言って、かなり退屈だった。