ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tatiana de Rosnay の "Sarah's Key"(結び)

 前にも書いたように、ぼくは恥ずかしながら『アンネの日記』も『シンドラーのリスト』も未読。ナチス物といえば、その昔、『オデッサ・ファイル』のような娯楽小説のほうをたくさん読んだものだ。それゆえ、シリアスな系統はあまり詳しくないのだが、今まで英語で読んだ範囲で言えば、今回の "Sarah's Key" のような情緒的アプローチの作品でいちばん印象深いのは、ご存じ Bernhard Schlink の "The Reader"。

The Reader (Movie Tie-in Edition) (Vintage International)

The Reader (Movie Tie-in Edition) (Vintage International)

 読んだのはかなり前なのに、今年読んだ Jenna Blum の "Those Who Save Us" よりも強烈に憶えている。"Sarah's Key" もよく練られた小説だが、"The Reader" のほうがもっと胸に迫るものがあった。ともあれ、この3作をふりかえると、たしかに感動的ではあるのだが、不謹慎な話ながら食傷気味。もっとほかのアプローチのものを読みたい。
 その点、Isaac Bashevis Singer の "Enemies, A Love Story" はかなり面白い。
Enemies: A Love Story

Enemies: A Love Story

 これについては5月26日の日記に書いたので詳細は省くが、ホロコースト物を読む前にいだく「重い期待」をいい意味で裏切ってくれる。現代のアメリカを舞台に、思い切った変化球勝負で成功している。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080526/p1
 また、主題はホロコーストそのものではないが、Gunter Grass の "Crabwalk" は、ドイツ人の心の奥に潜むユダヤ人「区別意識」を鋭くえぐりだした力作。
Crabwalk

Crabwalk

 1月6日の日記に書いた要点だけ繰り返すと、「悲しいかな、人はどこかで他人との差を痛感せざるをえない。その意味で人間の平等などありえない。こういう区別意識を民族レヴェルで明示したところが本書の斬新なアプローチと言えるだろう」。ただし、グラスはその「区別意識」をとことん解明しているわけではなく、いわば問題提起だけで終わっている。その点が物足りない。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080106
 それと同じことが、今度読んだ "Sarah's Key" にも言える。何しろ「情緒的アプローチの作品」なので「ないものねだり」になってしまうが、ぼくとしては、フランス人にもユダヤ人への差別意識があったという点をもっと掘り下げて欲しかった。
 ナチズムについては、ハンナ・アレントの『全体主義の起源』や、ジョージ・スタイナーの『青ひげの城にて』などが知的興奮を与えるものとして記憶に残っている。かねがね、そういう作品を小説形式で読みたいと思っているのだが、勉強不足のため、まだ出会ったことがない。アレントやスタイナーに匹敵する小説家といえば誰なのだろうか。
 …そうだ、忘れていた、Irene Nemirovsky の "Suite Francaise" のことを。
Suite Francaise (Vintage International)

Suite Francaise (Vintage International)

 去年の11月22日にも書いたが、もしこれが完成していたらナチスを扱った不朽の名作になっていたことだろう。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071122