ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"2666" Part 3 雑感(1)

 第3分冊は "The Part about Archimboldi" と題された第5部のみ。当然、第1部に登場した謎のドイツ人ノーベル賞候補作家、Benno von Archimboldi の話になるはずと思ったが、たしかに Hans Reiter というドイツ人が主人公であるものの、待てど暮らせど肝腎の Archimboldi が出てこない。そんなバカな…と首をひねっていると、半分過ぎたあたりでようやく Hans が Archimboldi だったことが判明。ホッと胸を撫でおろしたところだ。
 この前半はハンスこと Archimboldi の半生記が中心で、第二次大戦直後までの約30年間にわたるドイツ、あるいはロシアの歴史が、その歴史を生きた人々の生活史、人生記録として綴られる。最初は意外に?オーソドックスな語り口で、旧大陸が舞台ということもあるせいか、本書中、伝統的な小説に最も近い。少年時代に始まり、処女作を書き上げるまでの Archimboldi の半生は大河ドラマと言ってもいいだろう。
 が、やはり Roberto Bolano のことだけあって、単純な縦糸だけで物語は流れない。第1部ほどではないが、主役が新しい人物と出会うたびに視点が変わり、その人物が自分の体験を物語る。で、それぞれの話をつなぎ合わせると、ロシア内戦、スターリンによる血の粛清、ナチスの台頭、第二次大戦、ユダヤ人の虐殺、占領下ドイツの混乱など、ドイツやロシアの民衆が血と汗と涙とともに体験した現代史となっているわけだ。
 中でもユニークなのは、ロシアの戦場の村でハンスが発見した手記で、この手記を書いた人物が Ivanov というSF作家と出会い、その作品にまつわる話が出てくる。"2666" というタイトルからして、本書がいつかはSFに転じるものと思っていたが、こんな形だったとは…。このエピソードを読んでも "2666" の意味は依然として不明だが、語り部を次々と変え、劇中劇につぐ劇中劇という本書の展開が最も成功している部分のひとつだと思う。
 ハンスは処女作の原稿をタイプに打とうとして、タイプライターをある老人から借りる。その老人によれば、「おれたちは知らなかった。あれはナチスの仕業だ。もし知っていたら、おれたちはあんなことを絶対にしなかっただろう」などという意見は、utter tripe 「愚にもつかぬたわごと」に過ぎない。…さすがはロベルト・ボラーニョ、やっぱり鋭い作家だったんだな。