ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hillary Jordan の "Mudbound"(2)

 本書はアレックス賞のほか、一昨日の雑感にも書いたとおり、バーバラ・キングソルヴァーが創設した Bellwether Prize の受賞作でもある。一般にはなじみの薄い賞だが、社会正義の問題を採りあげた新人作家の作品が対象とのこと。ぼくはそれを知ったとき、じつはイヤな予感がした。これはひょっとして政治プロパガンダ小説なのか…でもまあ、キングソルヴァーのことだから、そんな三文小説は選ばないはずだけど…
 事実、ここにはかなり早い段階で人種差別の話題が出てくる。最初はまだ第二次大戦のヨーロッパ戦線で従軍中だった黒人小作農の息子の独白をはじめ、いくつか差別にまつわるエピソードがあり、読んでいる途中ですぐに、これがひとつのキーポイントだろうと想像がつく。
 が、読めば読むほど、ぼくの予感はさいわい杞憂に過ぎないことが分かり、ホッとした。どこかの国には、社会正義を振りかざしてお説教を垂れたり、安手のヒューマニズムに寄りかかって読者の涙を誘ったりする作家がいるが、本書はそんなプロパガンダやセンチメンタリズムとはまったく無縁の純然たる文学作品である。
 もう何度も書いたことだが、とにかく人物同士の緊張関係がすばらしい。夫と妻、兄と弟、親と子、嫁と義父、農場主と小作農…図式化してみれば平凡な関係のようだが、それぞれの人物の心中に葛藤があり、その葛藤と葛藤がおたがいの相克を生み、しかもそれがすこぶるリアルに描かれている。頑固で気むずかしい義父など、かなり誇張された性格を与えられているのに、それが少しも不自然に思えないのは、まさしくリアルな緊張関係のたまものである。
 さらには、同じエピソードをべつの人物が角度を変えて物語りながら次のエピソードへと移っていく各章の展開も見事だし、小さな事件を書き連ね、微妙な伏線を張りつつ、いったいどんな大事件が起きたのだろうと次第にサスペンスを高める技法は新人離れしている。そして訪れる山場のいかに凄まじいことか。
 アレックス賞の受賞後、シノプシスを斜め読みして注文した本書だが、小説大好き人間として、知らない作家の面白そうな本が実際に面白かったときほど楽しいものはない。アレックス賞万歳! それから、ベルウェザー賞万歳!