ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hillary Jordan の "Mudbound"(1)

 今年のアレックス賞受賞作のひとつだが、故殿山泰司風に言えば、クイクイ読める本。あまりに面白くて、電車の中だけでなく家に帰ってからも読みふけり、おかげで昨日の雑感の続きを書くまでもなく一気に読了してしまった。
 追記:その後、本書は2006年のベルウェザー賞を受賞していることが分かりました。

Mudbound

Mudbound

[☆☆☆★★] 人種差別が生んだ現代の悲劇を描いた強烈な作品。舞台は第二次大戦後まもないミシシッピ州の農場。冒頭、嵐の前に2人の兄弟が父親の墓を掘っている場面からして、何やら大事件が起きたような不穏な空気が漂っている。各章ごとに語り手が交代し、農場主とその妻、弟、小作農の黒人とその妻、息子がそれぞれ冒頭場面に至る経緯を物語る形式で、どの人物のあいだにも緊張感がみなぎり、それが同時に事件の伏線となっている。農場主の妻は都会育ちの教養人だが、嫁いだ先は、大雨が降れば題名どおり泥に閉ざされ、陸の孤島と化す農場。頑固で気むずかしい義父も同居するなど、当初はホームドラマのおもむきだが、上述の緊張感と伏線がある関係で次第にサスペンスが高まっていく。決定的な役割を果たすのは、戦後、ヨーロッパから帰国したばかりの農場主の弟と小作農の息子で、戦争で傷ついた二人の青年は交友を深めるが、農場のある町は人種差別の激しい土地柄で…。心理的な緊張がやがて凄惨な事件へと発展する過程は息苦しいまでに迫力があり、正真正銘の 'page-turner' である。フォークナーのように差別の根源に迫るものではないが、差別の恐ろしい現実の前にはやはり慄然とならざるをえない。その問題提起だけでなく、屈折した感情の持ち主同士の葛藤があるおかげで、小説としてしっかり熟している点が見事。黒人が語り手のときはブロークンな英語だが、べつに難解ではなく、全体的にも読みやすい。