ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"The Clothes on Their Backs" 雑感

 これは周知のとおり去年のブッカー賞最終候補作のひとつで、最近やっとペイパーバック版を入手した。まだ途中までしか読んでいないが、いかにもイギリスの小説らしい味わいで、かなり気に入っている。ぼくが今まで接した候補作の中では、先月読んだ "The Secret Scripture" といい勝負だろう。
 大筋としては、50代の女性が30年ぶりに亡き伯父の婚約者と再会、それをきっかけに青春時代を回想するという物語。主な舞台は70年代のロンドンだが、女性の両親、それから伯父もハンガリーからやって来たユダヤ系移民ということで、話は第二次大戦前後のブダペストなどにもさかのぼる。
 ぼくがまず感心したのは、場面の切り換えがじつに鮮やか、かつ自然であることだ。その昔、女性はまだ若い娘のころ、父親と犬猿の仲である伯父と密かに会い、伯父がハンガリー時代からのできごとを回想するのをテープに録音、タイプに打ち直して原稿を仕上げていく。つまり、女性の回想の中にさらに伯父の回想が混じるという複雑な構成なのだが、その複雑さを少しも感じさせない巧みな話芸が光る。姪と伯父の対話、直接話法と客観描写を交錯させた伯父の回想、姪自身の回想…時制も現在形、過去形とり混ぜ、話があちここち飛ぶのにすっと頭に入ってくる。
 で、その回想の中身だが、伯父のほうは、生き残りを賭けたユダヤ系移民の苦難の物語で、姪のほうは青春の嵐、心の彷徨といったところだろうか。第二次大戦前のユダヤ人に対する迫害に始まり、人種差別のないイギリスに来たと思ったら、そこでも厳しい差別の現実にぶつかる伯父。伯父と西インド諸島出身の恋人との関係にも、その現実が反映している。一方、姪は新婚2日目に夫が事故死。以来、処女を捧げた中年男やセックスフレンドだけの青年と関係したりするが、伯父の回想とつきあううちに、それまで謎だった家族の歴史を知り、それが人生の転機となる…。
 ほかにも、タイトルにある衣服や靴などの小道具の使い方が印象的で、ドレスやジャケットそのものが姪の人生のひとこまとなっている。作者は Linda Grant という女流作家だが、まさに女性らしい視点だろう。