ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Helga Ruebsamen の “The Song and the Truth”(1)

 オランダの作家 Helga Ruebsamen(1934 – 2016)の "The Song and the Truth"(1997, 英訳2000)を読了。Ruebsamen はジャカルタで生まれ、ジャワ島で幼児期を過ごしたのち、1939年、家族とともにオランダへ移住。この経歴からして本書は、彼女の実体験をフィクション化したものと思われる。さっそくレビューを書いておこう。

The Song and the Truth (Vintage International) (English Edition)

[☆☆☆★★] 子どもの世界は謎に満ちている。幼ければ幼いほど謎だらけ。このとき子どもは自由に想像をめぐらせ、自分なりに答えを見つけようとする。こうした幼児期の謎とイマジネーションのありようを、回想形式ながら、あくまで子どもの立場で綴ったジャワ島篇が、物語的にさほどおもしろくないのもむりはない。おとなの目で見れば、日常茶飯事の連続にすぎないからだ。その日常に第二次大戦の影が少しずつ射しこむ船旅篇とオランダ篇のテーマは「通過儀礼」。少女ルルは複雑に見える人間関係に子どもらしい不満をおぼえつつ、しだいに許容する。身近な人びとの事件に出会って「死」というものをおぼろに理解。一方、「戦争」「ヒトラー」「ユダヤ人」ということばのもつ意味もなんとなくわかってくる。とそこへ、想像力豊かなルルでさえ、「突然、どうしていいかわからなくなった」という明らかに異常な事態が発生。自分なりに答えが見つかったおとぎ話の世界ではなく、「ほんとうに起きたこと」の世界を知りたい、とルルは願う。むろん、真実はまだ見えない。が、見えないものこそ真実なのだ、という予感がするおとなの現実世界の入口にルルは立っている。戦争と青春という通俗的なテーマの通俗性を感じさせない佳篇である。