ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Julie Orringer の “The Invisible Bridge”(2)

 昨日本書のレビューを書きおえたあとネットを検索したら、オレンジ賞のショートリストが発表されていた。予想どおり、本書は残念ながら落選。一方、先月末にこれが有力候補作では、とふれたEmma Donoghue の "Room" と Nicole Krauss の "Great House" は残っている。やはり「女流作家の救済賞」らしい選定で、最終候補作をぜんぶ読んだわけではないが、たぶん "Room" が栄冠に輝くのではないかと思われる。
 本書に「泡沫候補」の烙印を押したのは、雑感にも書いたとおり、シリアスな作品が受賞することの多いオレンジ賞では、本書のようにストーリー重視型の「面白すぎる」文芸エンタメ路線ほど不利なのでは、と思ったからだ。これはもちろん本書へのオマージュである。"Room" や "Great House" とは較べようもないほど、ぼくは夢中で読みふけってしまった。("Room" も仕掛けが見えるまでは興奮したけれど)。
 「文芸エンタメ路線」と言ったが、それは後半ほど当てはまらない。第二次大戦中におけるユダヤ人迫害の記録が小説形式で示され、「劣悪な環境や、人間の醜悪な利己心、非情さ、ホロコーストの恐怖など、定番の題材ではあるがリアルな描写に圧倒され」るからだ。ただ、それにしても「二転三転、いや四転五転する展開」が「面白すぎる」くらい面白いので、おそらくそれが災いしてショートリストに残らなかったのだろう。
 なお、「定番の題材」ながら、舞台がハンガリーであることにもぼくは大いに興味をそそられた。というか、啓発された。何しろぼくは無知蒙昧で、本書を読むまで第二次大戦におけるハンガリーの立場を知らなかった。それゆえ、ユダヤ人の迫害といえばまずドイツ、ついでポーランド、さらに旧ソ連くらいしか頭になかったので、本書の内容はとても斬新に思えた。ひょっとしたら、ハンガリーユダヤ人について書かれた小説は本書が初めてかもしれない。
 内容的に関連のある近年の作品としては、Jenna Blum の "Those Who Save Us" や Tatiana de Rosnay の "Sarah's Key" などが思い出され、今年1月に読んだ Hans Keilson の "Comedy in a Minor Key" も(英訳としては)そのひとつだが、それらと較べても本書は格段に面白い。最近の歴史小説、大河小説の中で大収穫と言えるのではないだろうか。