ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Amitav Ghosh の "Sea of Poppies"(2)

 一昨日の雑感の続きになるが、第3部を読み進んでいるうちに、地主と同じ監房にいる囚人の身の上話が始まったとき、あ、ひょっとしてこの本、完結しないのではないかと思った。普通なら、巻末近くでダイグレッションはありえないからだ。それが今まで同様、「悠々たる大河のような展開」ということは…。
 そこで巻頭をちらっと見ると作者紹介があり、Amitav Ghosh が the Ibis trilogy の次作を執筆中とのこと。なるほど、それなら上のダイグレッションも理解できる。いやむしろ、これも各人物が新しい人間として生まれ変わるという主筋の一環なのだ。気を取り直して読んでいると、やがて「嵐のような結末が待っていた」が、その続きは乞うご期待。
 昨年のブッカー賞のショートリストに残った作品を読むのは、受賞作も含めてこれで5冊目だが、本書が外れた理由はよく分かる。要は未完に終わっているからだ。大変な力作であることは認めるが、べつに今回受賞しなくても…と選考委員が判断したような気がする。
 それを念頭に置きながら、今月18日の日記に書いた「ブッカー賞候補作格付け遊び」を続けると、本書は物語性の点で、Steve Toltz の "A Fraction of the Whole" や "The White Tiger" を豪快に抜き去って第1位。人生の問題の取り扱いという点では、ううむ、これはやはり Joseph O'Neill の "Netherland" がいちばん心に残る。続いて Linda Grant の "The Clothes on Their Backs" がゴヒイキだけど、まあどの作品も横一線かな。扱っている問題はいろいろだが、突っこみの鋭さ、深さはどれも似たり寄ったりで、どれも秀作ではあるが名作とは言えない。
 本書で「背景にある問題への突っこみ不足がやや気になる」点をあげると、たしかに「阿片をめぐるイギリス植民地政策の欺瞞、カースト制度のひずみ、唾棄すべき人種差別」などは浮き彫りにされているのだが、ちょっと考えてもそれは当然の事実であり、ここで初めて知ることではない。つまり、あくまでも一般常識を小説の前提とし、その奥にある問題、たとえば人間はなぜ差別をやめないのか、という点にまでは踏みこんでいない。 Ibis 号で起きた殺人事件のくだりを読みながら、ぼくはメルヴィルの『船乗りビリー・バッド』をつい思い出してしまったが、あの超弩級の名作と本書の差は一目瞭然だろう。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071108/p1 
 …とはいえ、これは何しろまだ第1部なのだから、「小説としての最終的な評価は完結を待たねばならない」。しかも、この「嵐のような結末」を考えると、次作は掛け値なしに期待が持てる。というより、早く続きを読みたい!