ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Wolf Hall” 雑感(1)

 昨日も書いたように、今年のブッカー賞受賞作、Hilary Mantel の "Wolf Hall" に取りかかった。まだ第2部までしか読んでいないので文字どおり雑感になるが、「面白度」は率直に言って、まずまず。今のところ、クイクイ読めるほどではない。
 たまたま先月、07年のブッカー賞候補作、A. N. Wilson の "Winnie and Wolf" を読みながら思ったのだが、著名な人物を主人公にすえた歴史小説の場合、マクロな視点とミクロな視点を巧妙に配しながら、その人物に関する最も本質的な問題をすぐれたフィクションの形で追求する、というのがぼくのゴヒイキ。マクロな視点とは、主人公を取り巻く政治や社会情勢、さらには国際情勢などの見方、簡単に言えば歴史観であり、ミクロな視点とは、家族や友人恋人などが登場する私生活の捉え方を指す。最も本質的な問題とは、"Winnie and Wolf" で言うならヒトラーナチスによるユダヤ人虐殺の問題。
 さてこの "Wolf Hall" だが、マクロな視点はずいぶん見通しがいい。不勉強のぼくは森護の『英国王室史話』も積ん読のまま、一度もページをひらいたことがない。福田恆存の『私の英国史』だけはいつか読まねばと思っているが、これまた未読。だからおまえはダメなんだ、と某先生のお叱りの声が聞こえてくる。
 そんな門外漢のぼくでも、ここに出てくるクロムウェル(と言っても、清教徒革命で有名なオリヴァー・クロムウェルではなく、その大伯父トマス・クロムウェル)時代の政治や社会情勢、英国王室の歴史などがよく分かり、何の予備知識がなくても物語の世界にすっと入って行けるという点では大いにありがたい。それがどこまで史実なのかは上の事情で判断できないが、たぶんおおむね本当にあった事件ばかりだろう。ただ、すんなり読めるだけに疑問も残る。おそらく『英国王室史話』の読者なら先刻承知の一般常識ばかりで、どれくらい斬新な歴史観が示されているのだろうか。しかしながら、これまたぼくには見当もつかない問題なので、ひたすら素直に読みつづけるしかない。
 見通しがいい理由のひとつは、クロムウェルとの私的交流の中に大法官トマス・ウールジやトマス・モア、アン・ブリーンの姉メアリーなどが顔を出すからで、これにより、通史とはまた違った裏話的な形でヘンリー8世をめぐる結婚問題がすっきり頭に入ってくる。それゆえ、ぼくも知ったかぶりでこんな雑感を書けるわけだ。本書の今までの登場人物でかろうじて知っていたのはトマス・モアにアン・ブリーン、ヘンリー8世くらいで、あとは主人公のトマス・クロムウェルをはじめ、ほとんど初耳。
 …ミクロな視点や本質的な問題にまでふれる時間がなくなった。今日はここまで。