ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hans Keilson の “Comedy in a Minor Key”(2)

 今日はまずコスタ賞の話題から。昨年暮れ、長編部門のラインナップに Maggie O'Farrell の新作が混じっているのを発見したとき、たぶんこれが最優秀賞に選ばれるだろうなとは思ったのだが、食指は動かなかった。旧作 "The Vanishing Act of Esme Lennox" http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080115 の出来から判断して、彼女はいい作家ではあるのだけれど、せいぜい2塁打どまりでは、と予想したからだ。案の定、最優秀長編賞には選ばれたが大賞には届かなかった。
 そのコスタ賞と同じく、今年の全米批評家(書評家)協会賞にも、今度は最終候補作として Paul Murray の "Skippy Dies" が名を連ねている。周知のとおり、去年のブッカー賞候補作だがショートリストには残らなかった。ところが、同リストに残った作品は、今年の協会賞では一つも候補作に選ばれていない。これは一つの見識だと思う。"Wolf Hall" http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20091020 が一昨年のブッカー賞、去年の全米批評家協会賞のダブル受賞に輝いたのとは大違いだ。
 さてその協会賞だが、"Skippy Dies" は去年の夏にもう読んでしまったので http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20100826、まったく初耳の作家、Hans Keilson の "Comedy in a Minor Key" に取り組んでみた。知らない作家の知らない作品というのは洋書オタクには興味津々だったが、その点を差し引いてもさすが全米批評家協会賞。ブッカー賞と違って、かなりいい作品を候補に絞りこんでいますね。
 ただ、これは中編小説だし、未読の3冊の候補作が去年の「メディア露出度」ベスト3ということもあって、受賞はかなり厳しいのではという気がする。メディア露出度とは、ニューヨーク・タイムズ紙やタイム誌など、英米の各メディアに年間優秀作品として、どれだけ重複して選ばれているか、ということだ。
 その点、Jonathan Franzen の "Freedom" が大本命なのかもしれないが、正直言って、ぼくはあまり好きな作家ではないので今までパスしていた。しかも最近、わりと意見の一致することの多い向こうのブロガーが、「いい作品だけど、マイ文学史にのこるほどでは…」と書いている記事を読んで、ますます戦意喪失。Jennifer Egan の "A Visit from the Goon Squad" と David Grossman の "To the End of the Land" は、たしかまだペイパーバックが出ていないはず、ということでこれもパス。
 …ありゃ、"Comedy in a Minor Key" にひと言くらいしかふれていない。大急ぎで補足しよう。第二次大戦中、ユダヤ人が逮捕を逃れて家に隠れ住んだ話というと、恥ずかしながら未読の『アンネの日記』があまりにも有名で、今や何をどう書いても想定内の内容になってしまうだろう。そのリスクを承知の上で Keilson は執筆したのかなと思ったら、原書の初版発行はオランダで1947年、ドイツで1988年。初めて英訳されたのが去年ということで、面倒くさいので検索はしなかったが、彼は『アンネの日記』の存在を知らずに本書をものした可能性がある。
 それにしては、年代記風のオーソドックスな展開ではなく、むしろ「定番とさえ言える物語を中編小説として凝縮させ、人間存在の根底に迫っている点がすばらしい」。鮮やかな切り口である。そういう歴史的価値を考慮すると、「受賞はかなり厳しいのでは」と上に書いたけれど、いやいや、ひょっとするとひょっとするかも、という気もしてきた。なお、昨日のレビューは、初版の発行年を調べる前の第一印象をまとめたものにすぎない。