読みおわったとき、涙がじわっと出てきた。今年の正月に『寅次郎ハイビスカスの花』を観て、この映画と同じくらい「感情移入させられるような小説を今年は読みたいものだ」と書いたが、ようやくそんな作品にめぐり逢えた思いがする。さいわい翻訳が出ているので、本当はかみさんや娘にも読ませたいところだが、二人とも純文学は×。仕方なく、本好きの某女史に昨日のレビューを報告して読んでもらうことにした。自分が感動した本は人にも薦めたくなるものだ。
とはいえ、ジュンパ・ラヒリのこと、なにがしかの感動が得られることは最初から分かり切っていた。そこで2回の雑感では、あえてザッハリッヒなアプローチを心がけ、ラヒリの技法を解剖してやろうと構成や文体、登場人物の特徴などに絞って駄文を綴ってみたが、第2部を読んでいるうちに完全にノックアウト。下手な分析などお呼びでないと実感した。改めて第2部の第1話の冒頭を読んでみると、I had seen you before, too many times to count, but a farewell that my family threw for yours, at our house in Inman Square, is when I begin to recall your presence in my life. という何の変哲もなさそうな文でさえ心にしみる。ハードボイルドとは「叙情するために叙事しなければならぬ」文学様式である、と述べたのは各務三郎だが、この定義に従えばラヒリは女流ハードボイルド作家と言えるかもしれない。
ラヒリの旧作 "The Interpreter of Maladies" と "The Namesake" を読んだのはずいぶん昔のことで、当時はまだ今のようにレビューも何も書いていなかった。かろうじて Excel に打ちこんでいる「読書記録」を読むと、「アメリカ社会に生きるインド系の悪戦苦闘」とだけコメントしている。この "Unaccustomed Earth" の出来ばえから察して、ほかにもいろいろな要素があるものと思われるが、いっさい失念。ただ、ラヒリは本書でさらに進化し、熟成しているような気がする。
周知のとおり、これは Frank O'Connor International Short Story Award の受賞作だが、Frank O'Connor の "Collected Stories" を長らく積ん読にしているぼくには、去年、ニューヨーク・タイムズの年間ベスト・フィクションに選ばれたことのほうが身近なニュースだし、さらに今年、英連邦作家賞(Commonwealth Writers' Prize)のUK地域優秀作品にも選ばれている。ほかの候補作はどれも未読だが、本書が同賞の最優秀作品賞に選ばれることを期待してやまない。