ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Janice Y.K.Lee の "The Piano Teacher" (2)

 ぼくは何しろ洋書オタク、海外小説オタクにすぎないので、雑感にも書いたとおり、「最大の関心はあくまでも、本書がウェル・メイドな小説かどうか、という点にある」。この立場から結論を述べると、これはまずまず面白い佳作だと思う。米アマゾンでは星4つだが、英アマゾンでは星3つ半。ぼくもまあ3つ半かな。
 理由は単純で、「戦争が生んだ愛の悲劇と、その悲劇的現実にふれることによって大人へ成長した女性の物語」というテーマからして月並みだ。「古い革袋に新しい酒を盛る」の喩えどおり、平凡なテーマでも斬新な技法によって処理されていれば文句はないのだが、本書の場合、少なくとも「筋立てや性格・心理描写にさほど目新しい点はない」。つまり小説として新味に欠けるし、むしろ、ピアノを教えるイギリス人女性の平凡な夫や、香港に長く住んでいる横柄な老婦人のように、登場人物にステロタイプが目立つ。しかも、テーマに戻ると女性の成長物語は、「タイトルになっているのに愛の悲劇のオマケという印象を否めない」。これでは看板に偽りあり、と言われても仕方がないだろう。そして何より、「そもそも戦争がなぜ起きるのかといった本質的な追求もない」点に、ぼくは大いに不満を覚えている。
 ただし、女性がたまたま盗みを働くことになった冒頭をはじめ、「光るシーンがいくつかある」し、とりわけ第3部はサスペンスフルな展開だ。ぼくはメロドラマが大好きなので、「戦争によって引き裂かれた恋人たちの悲劇」という古びたテーマでも、その平凡さを除けばあまり気にならなかった。以上の点をあれこれ考慮すると、「まずまず面白い佳作」というのが順当なところではないだろうか。今調べると、ニューヨーク・タイムズのリストでは4位から15位に転落。アマゾンの売れ行きはイギリスで1459位、アメリカで147位。どちらかと言うとアメリカで高く評価されているようだ。
 さて、問題は第2部である。これを読むかぎり、本書はまたまた「看板に偽りあり」で、じつは "The Rape of Hon Kong" と題したほうが正しい。もっぱら技法的な観点から、「古い革袋に新しい酒を盛る」工夫が足りないと述べたが、小説の素材としては(不勉強のぼくには)斬新そのもので、太平洋戦争の「開戦直後、日本軍が香港で行なったとされる略奪行為、蛮行の数々」を描いた小説は、もしかしたらこれが史上初めてかもしれない。結局、この点をどう評価するかによって本書の評価も決まるのではないか、という気がする。重大な問題だが、長くなりそうなので今日はここまで。