ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Philippe Claudel の “Brodeck” (1)

 まず去年の3月11日のブログを引用しよう。「いや怖かった、今日の地震。生きた心地がしなかった。こんな中でもアクセスしてくださったみなさん、アクセスされたということは大丈夫だったんですね。こんな日に記事を書くなんて不謹慎とは思ったが、今は夜中。結局、職場に泊まる羽目になってしまったものの一息ついたので、洋書オタク健在です、と発信したくてこれを打ち込んでいる」。
 …あれから1年。ここ数日、ぼくも人並みにいろんなことを考えた。その一端は昨日の日記に書いたが、何はともあれ「洋書オタク健在です」。「とくにこれといって目標もな」い人生を送ってはいるものの、今日はこれを何ページ読もう、という1日の小さな目標だけはある。そのノルマを果たすことが、そしてその本を真剣に読むことが、とりあえず今のぼくの人生だ。
 ということで、今日は Philippe Claudel の "Brodeck" を読みおえた。一昨年のインディペンデント紙外国小説最優秀作品賞(Independent Foreign Fiction Prize)の受賞作である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 人間の内面にひそむ悪、狂気をアレゴリカルに描いた秀作。とりわけ終盤、非現実的な空想から恐怖の現実が生みだされるくだりに感服した。おそらくホロコーストがモデルだと思われるが、使い古されたテーマでも寓話形式であるだけに「新鮮な恐怖」をおぼえる。舞台はヨーロッパ、戦争の悲劇が起きた架空の国の架空の村。戦後、村を訪れた謎の男が宿屋で村人たちに殺害され、帰省した主人公ブロデックは村長から事件報告書の作成を依頼される。ミステリアスでカフカ的な雰囲気のなか、しだいに事件の全容が明らかになると同時にブロデック自身の回想も進行。大衆ヒステリーを物語る虐殺や、地獄のような強制収容所の生活、生きるためにみずから犯した罪などがよみがえる。一方、ブロデックの不在中に村で起きた戦争の悲劇について複数の生き証人たちが証言、話者が流れるように交代するうち過去と現在が交錯する展開は超絶的というしかない。が、なにより圧倒されるのは、残酷な寓話を通じて戦争と人間の本質が端的に表現されている点である。戦争とは「人間の内面にひそむ悪」をさらけ出すものであり、また戦争とは関係なく、そもそも人間性は狂気をはらんでいる。なんども指摘されてきた事実ではあるが、本書を読むと、いまさらのように、人間この怖ろしきもの、と思わざるをえない。