ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Shilpi Somaya Gowda の “Secret Daughter”(2)

 この3連休は初日こそダラダラしていたものの、昨日読みおえた本書のおかげで充実した時間を過ごすことができた。300ページ以上の長編を2日で読んだのは久しぶりで、それほど本書は無類に面白い読み物だということだ。
 英米での売れ行きはそこそこなのに、なぜカナダだけで大評判になっているのかという点だが、裏表紙によると、作者の Shilpi Somaya Gowda はトロントで生まれ育ち、両親はムンバイから移住してきたとのこと。つまり「ご当地作家」の作品ゆえに人気を博しているのだろう。ただ、出来ばえから察するに、英米でもベストセラーになっておかしくないはずなので今後を期待したい。
 一口に言えば、「家族愛、とりわけ母親と娘の愛の歴史を4半世紀にわたって描いた感動的な大河小説」とレビューに書いたとおりだが、大河小説だからといって決して大味になっていない点がすばらしい。たとえば、準主人公の「秘密の娘」が初めてインドを訪れたとき、機内の様子から始まり、空港で父親の家族の出迎えを受けるくだりまでなど、水増しでも手抜きでもない「精密で詳細な描写によって支えられている」。家族愛を描いた感動的な作品なんて今さら読むまでもない、とヘソを曲げたくなるかもしれないが、この描写力とそれからストーリー・テリングの見事さに圧倒され、物語の世界にどんどん引きこまれてしまう。そのあたりにベストセラーたるゆえんがありそうだ。
 ただし、同じインド系の作家が書いた大河小説というと、近年の大収穫、Kiran Desai の "The Inheritance of Loss" が思いうかび、どうしてもあちらと比較せざるをえない。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071017 すると、この "Secret Daughter" はたしかに「無類に面白い読み物」ではあるのだが、それ以上の文学的な高みには達していないことに気がつく。Desai は個人の人生をとおして「インド人の近代の宿命」を描いているが、Gowda のほうにはそういう歴史的人間観が欠落しているからだ。
 とはいえ、男尊女卑というインドの文化的背景を物語の土台にしている点は大いに買える。そして何と言っても、「母親が娘にそそぐ愛情の深さにはやはり胸を打たれずにはいられない」。年とともに涙もろくなっているぼくは、「おおよそ察しのつく展開ながら」目頭の熱くなることがしばしばあった。
 最後に、心にのこった言葉をいくつか引用しておこう。Maybe there was a reason for all our pain. Perhaps this is what we're meant to do.(p.47) / Truth is the only safe ground to stand on.(p.168) / ....while those truths might be unpleasant, seeing them clearly is the first step toward healing.(p.301) 2番目は Elizabeth Cady Stanton という女性運動家の言葉だそうである。