ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Sentimentalists”雑感(1)

 一つだけ "Super Sad True Love Story" の補足をしておくと、「機械というのは、とことん進歩せずにはいられないものだ、という気がしている」ぼくは、一方、人間は少なくとも精神面ではさほど進歩しないのではないか、とかなり疑っている。べつに確かめたわけではないが、中年男が若い娘に恋をするという話は、『千夜一夜物語』や中国の古典あたりに出てきても決しておかしくない。男とは一面、昔も今もそんなものだろう。そういう平凡だが不変の「真理」を日進月歩の科学文明の世界で描いているところも本書の美点の一つである。
 さて、今度は昨年のギラー賞(Scotiabank Giller Prize)受賞作、Johanna Skibsrud の "The Sentimentalists" に取りかかった。11月の発表直後に注文したのだが、待てど暮らせど入荷未定の通知ばかり(現在の状況は不明)。しびれを切らしてキャンセルし、最終候補作の一つだった Alexander MacLeod の "Light Lifting" ともども、現地のカナダからわざわざ取り寄せた。あちらではもちろんベストセラーになっている。
 今日はまだ、やっと物語の輪郭が見えてきたところだが、途中ながら独断と偏見に満ちた感想を述べると、"Light Lifting" のほうが出来ばえはいいような気がする。同書は本当に心にしみる短編集で、もっか今年のベスト1。
 ただ、あちらと較べると見劣りがするというだけで、この "The Sentimentalists" が決して凡作であるわけではない。これはこれで読みどころがあり、ぼくも次第に心を奪われてきたところだ。
 が、それにしてもこの序盤、話がかなり回りくどい。主人公は30代の女性で、父親 Napoleon のことを中心に回想を続けている。父親はアル中で長いあいだ失踪していたこともあるが、今では亡き親友 Owen の父親 Henry の家で死を迎える身。その家はダムでできた人工湖のほとり、オンタリオ州 Casablanca の町にある。そう、あの映画「カサブランカ」と同名で、事実、Napoleon はボギーのセリフを何度か口にする。
 それはいいのだが、主人公をはじめ、父親や、父親と別居中の母親、Henry たちがみんな、どうやら悲しみのベールに包まれている。そのベールが少しずつはがされ、父親の酒びたりや失踪、母親との別居の原因、Owen の死、あるいは車椅子生活の Henry の身に起きた事件のことなど、冒頭からちりばめられている謎が徐々に明かされつつある。
 そんな話が過去と現在、あちこちに飛びながら進むので「回りくどい」わけだ。the sentimentalists とはひょっとしたら、心に深い傷を秘めた登場人物たちを指しているのかもしれない。