ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colm Toibin の “The Empty Family”(2)

 雑感にも書いたとおり、表題作の第3話を読みかけていたときに地震に遭遇。その後、被災地ほどではないにしても生活が急変し、また奈良・京都旅行を決行したのはいいが、旅行中の残務整理やら何やらに追われ、本書を読むのはすっかり後回しになってしまった。
 そのせいか、後半の物語ほど印象が薄く、結果的に第1話 "One Minus One" と表題作、そして第4話 "Two Women" がマイ・ベスト3。いずれも「切りつめた会話や風景描写などから伝わってくる、ぎりぎりまで凝縮された万感の思い」、「緊密で透徹した文体が静かに織りなす心の綾」がじつにすばらしい。
 意外だったのはゲイの話が3つもあったことだが、旧作 "The Story of the Night" もゲイを扱っているそうなので、昔からのトビーン・ファンならニヤニヤしながら読むのかも。バルセロナが舞台の話も3つあり、"Homage to Barcelona" を思い出すファンもいるはずだ。第2話 "Silence" には "The Master" と同じくヘンリー・ジェイムズが登場。ぼくもさすがにあの代表作だけは読んだことがあり、とても懐かしかった。ほかにも、熱心なファンが読めば、あ、これは、とピンとくる物語がいくつかあるのではないだろうか。
 総じて empty family のテーマが流れている「家族変奏曲」だが、マイ・ベスト3の中からさらにベストシーンを選ぶと、「久しぶりにアイルランドに帰国した男が海辺の村で風の声に耳をかたむけ、望遠鏡で波の動きを見守りながら、両親の眠る墓地のことを考える」場面。今度の地震ではさいわい家族も友人もみんな無事だったが、ぼくもいつか、田舎の里山のふもとにある寺の墓地でぼんやりたたずむことになるのだろう。