ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Benjamín Labatut の “When We Cease to Understand the World”(2)

 今年もこの季節、イギリスの文学ファンのあいだでは、ブッカー賞のロングリストに入選しそうな作品の予想で大いに盛り上がっている。世界のどの文学賞でも、本選はおろか、予選の前からこれほど下馬評の飛びかう賞はほかに例がないのではないか。
 ぼくも久しぶりに現地の動向を追いかけ、有力な「候補作」とおぼしい作品をいくつか(ハードカバーしかないのが残念だが)注文。どれもまだ手元に届いていないが、もっか、いちばん期待しているのは Natasha Brown の "Assembly"。 

Assembly

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  Natasha Brown はガーディアン紙でも、今年の有望な新人作家のひとりに選ばれている(https://www.theguardian.com/books/2021/jan/31/introducing-our-10-best-debut-novelists-of-2021)。
 同書の日本の発売日はたしか今月3日。予約後の確認メールによれば、14日には届くはずだった。ところが当日連絡があり、「注文の商品の発送に遅延が発生」、「新しい納品日は7月4日から8月10日」とのこと。フザけるな、と頭にきてしまった。
 最近では二度目のトラブルだ。前回は今年の国際ブッカー賞受賞作、David Diop の
"At Night All Blood Is Black" のペイパーバック版をめぐるもの。あのときは急遽、予約をキャンセルし、イギリスのブックデポジトリーさんに注文しなおしたところ、予想外に早く届けてもらい、なんとか受賞発表前に読みおえることができた。それはいいのだが、その後、日本でもなぜか直接入手できるようになっていることを知り、どうなっとるねん、と憤慨したものである。今回も同店に発注し、すでに発送通知も届いているが、その後の日本での入手状況はコワいのでチェックしていない。
 閑話休題。表題作 "When We Cease to Understand the Word" は今年の国際ブッカー賞レースで、現地ファンの下馬評では1番人気だった。ぼくの評価も☆☆☆★★★で、上の受賞作(☆☆☆★)よりずっといいと思った。いまでもそう思っている。
 全5話の短編集だが、それぞれアインシュタインをはじめ、ノーベル賞フィールズ賞の受賞者がつぎつぎに登場し、その伝記と科学の発展の歴史をミックスしたノンフィクション・ノヴェルの体裁である。文学バカ、理系オンチのぼくでも、さすがにシュレディンガーハイゼンベルクは名前だけ知っていたが、フリッツ・ハーバーカール・シュヴァルツシルトアレクサンドル・グロタンディーク望月新一、ルイ=ヴィクトル・ピエール・レモン、ニールス・ボーアとなると初耳。そんな門外漢でも、どの話もとても面白かった。むずかしい理論がひらたく解説されているのが理由のひとつだが、そのあたり、ほんとうに正しい記述なのか、理系の人のご意見をおうかがいしたいところだ。
 読後1ヵ月以上たったいま、本書のメモとレビューを読みかえしてみると、個人的にいちばん興味があるのは、第2話 "Schwarzschild's Singularity"。「物質と人間の精神には相関関係があるのでは」と疑ったシュヴァルツシルトは、彼の「示唆したブラックホールが超高密度ゆえに光をも吸収するように、人間の意志の集中により、何百万もの人びとの強制収容が始まるという全体主義社会を思い描いている」。さらに彼はつづける。He babbled about a black sun dawning over the horizon, capable of engulfing the entire world, and he lamented that there was nothing we could do about it. The point of no return ― the limit past which one fell prey to its unforgiving pull ― had no sign or demarcation. Whoever crossed it, it was beyond hope. .... And if such was the nature of that threshold, Schwarzschild asked, how would we know if we had already crossed it?(pp.56-57)このブラックホールのような全体主義国家の独裁者も「平和を愛する諸国民」にふくまれる、というのが東洋の島国のタテマエですな。
 物語としては表題作の第4話がいちばん面白く、かつ長い。作者がまとめたハイゼンベルク不確定性原理によれば、この世には「常に曖昧で不明、不確かなものが存在」し、「われわれが世界について知りうることには絶対的な限界がある」。そのことが「いまだ精確には正体のつかめぬ元凶がもたらした不確実なカオスの時代」、つまりコロナの時代を端的に象徴しているのではないか、というのがぼくのレビューの骨子だった。そこで思い出したのがパスカル箴言である。「理性の最後の歩みは、理性を超えるものが無限にあるということを認めることにある。それを知るところまで行かなければ、理性は弱いものでしかない」(前田陽一・由木康訳『パンセ』)。パスカルはもしかしたら、ハイゼンベルクを先取りしていたのかもしれませんな。
 この第4話と上の第2話をあわせて読むと、現在の世界はまさに危機的状況にあるように思えてくる。平凡な結論のようだが、それを導いているのが、科学者たちの「伝記と科学の発展の歴史をミックスしたノンフィクション・ノヴェル」という点をぼくは評価している。では危機の時代、「われわれは何をなすべきか」。せめてその方向性だけでも示されていたら、まちがいなく☆☆☆☆でしたね。