ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Far to Go” 雑感

 「ブッカー賞読書」第6弾。Alison Pick の "Far to Go" に取りかかった。William Hill のオッズでは "Pigeon English" などと並んで8位グループ、Ladbrokes でも8位グループと泡沫候補扱いだが、周知のとおり、今年は Alison Pick のほか、Patrick Dewit 、Esi Edugyan と、カナダの作家が3人もロングリストにノミネートされて話題になっている。このうち、Pick の "Far to Go" のカバー絵がいちばん印象的だったので、つい誘惑に駆られてしまった。
 こういう「見てくれ買い」は文学ミーハー趣味もいいところだが、ぼくの経験則だと、意外に秀作佳篇に出くわすことが多い。とりわけ、ストーリー重視型の小説の場合に当てはまるようだ。本書もその例外ではなく、これは相当に面白く、しかもウェルメイドな作品です!
 第1部の舞台は第二次大戦直前のチェコ、ズデーテンラント。そう、かの有名なミュンヘン会談の結果、ナチス・ドイツに併合された地方だ。主人公はたぶん、織物工場を経営するユダヤ人の家で家庭教師をつとめるドイツ系の若い娘。「たぶん」というのは、もしかしたらドイツ系ではないのかもしれないのと、当時の物語のほか、現代の物語も各章ごとに挿入されているからだ。こちらは1人称で、ユダヤ人の迫害をずっと研究してきた女が語り手らしい。その回想と平行して、当時の手紙も紹介されるという構成だ。
 ざっと以上のあらましだけで、あ、そんな話ね、と想像がつくような内容で、テーマ的にも古びたものだろう。それなのに「相当に面白く、しかもウェルメイドな作品」と言えるのは、まず、暴行事件にしろ何にしろ、突然、スリル満点、緊迫感あふれる場面となり、しかも展開がスピーディー。定石を定石と感じさせない鮮やかな筆運びにぐんぐん惹きつけられる。
 次に、ストーリー重視型の小説にしては珍しく、登場人物の内面がしっかり書きこまれている。たとえば若い家庭教師は、同じくドイツ系の不倫相手に強く惹かれる一方、その下心に嫌悪を覚えずにはいられない。傲慢で軽薄な雇い主の夫人に反発しつつ、同情の念を禁じえない。この「Aだが一方B」という矛盾した感情の描写は随所に見られ、それが人物の造形を確固たるものにしている。
 第2部では、この家庭教師ともども、ユダヤ人の一家はプラハへと避難する。さて、どうなるんでしょうか。