ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Palace of Dreams” 雑感

 日曜日は例によってダラダラ過ごしたので、今日から気分一新、Ismail Kadare の "The Palace of Dreams" に取りかかった。「え、遅れてる!」という声が聞こえてきそうですね。お恥ずかしい次第です。
 Ismail Kadare の作品を読むのは "The Three-Arched Bridge" 以来で、もう何年ぶりだろうか。ぼくが英語で海外文学を楽しむようになったのは、ちょうど12年前の夏、"Anna Karenina" を読んだのがきっかけで、以来、夏になると既読初見を問わず、英米以外の各国の名作を少しずつ catch up するようにしていた。その年中行事を近年は中断していたのだが、今年は春先に "The Death of Ivan Ilyich & Other Stories" を読んだこともあり、積ん読の山を多少なりとも切り崩そうと一念発起。東欧からはアルバニアの Ismail Kadare を選んでみた。
 その昔、"The Three-Arched Bridge" を読んだのは、Kadare がノーベル賞を取るのではないかと騒がれていた時期があったからで(今もそうなのかな?)、それまで Kadare なんて dareka 知りもしなかった。同書の記憶は、ほとんどない。憶えているのは、へえ、こんなのがノーベル賞「候補作家」の作品なのか、と妙に感心したことくらい。今調べて気づいたのだが、Kadare は国際ブッカー賞(Man Booker International Prize)の第1回受賞作家だったんですな。相当に遅れてます。
 ともあれ、ぼくはこの "The Palace of Dreams" が Kadare の代表作のひとつらしいという評判しか知らず、邦訳も読んだことがない。それゆえ、ほとんど予備知識もないまま、いつものように唯我独尊、勝手気ままに読んでいるのだが、今日のところはノーベル賞級かどうかはわからないけれど、けっこうおもしろい。
 冒頭はミステリアスな雰囲気でカフカ的な不条理の世界を思わせるが、カフカとちがうのは、かなり早い段階でこれがたぶん、全体主義を象徴もしくは風刺した作品ではないかとピンとくる(勘違いする?)点である。国民の夢を収集・分析し、国家の平和と安全のために役立てるというのは、要するに思想統制の一環でしょう。なんとなくミエミエなのが興ざめだが、おもしろいことはおもしろい。さてどうなりますか。