きのう本書 "Hunger"(1890, 英訳1996)の中間報告をアップしたら、そのあと、なんだか憑きものが落ちたようにどんどん進み、一気に読了。Knut Hamsun(1859 – 1952)は1920年にノーベル文学賞を受賞したノルウェーの作家である。はて、どんなレビューになりますやら。
[☆☆☆☆] 実存主義文学あるいは不条理文学というと、一般にはカフカが先駆者のひとりと目されているが、本書はそのカフカのさらに先駆けとなった作品ではなかろうか。なるほど、ここではまだ世界の根源的な不条理が語られているわけではない。飢えを癒やそうとオスロ市内を放浪する主人公の貧乏青年がおちいった悲惨な状況は、なかば彼自身がもたらしたものである。誇りゆえに他人のほどこしを求めず、良心ゆえに悪に走らず、騎士道精神ゆえに、自分よりさらに貧しい人びとを思いやる。いわば自縄自縛、青年はみずから課した行動規範を墨守するあまり、ますます飢えに苦しみ、また一方、生活の糧を得るべくいそしんだ執筆活動はほとんど実を結ばず、彼は精神的にも肉体的にも次第に追いつめられていく。つまり、飢えとそれにともなう苦境は青年にとって克服しがたい壁、ヤスパースのいう限界状況として立ちはだかっている。激しい感情の起伏、さまざまな衝動、妄想と錯乱、死への不安、絶望、徒労感。青年が現代ふうにいえば実存の不安にかられ、不条理を意識していることは疑う余地がない。時に発する神への呪詛もひとつの証左である。青年がグレゴール・ザムザやKと異なるのは、後者のおかれた不条理な状況が彼らの意思とは無関係に存在するのにたいし、青年は「自縄自縛」。おのが資質ゆえに八方ふさがりとなっている。だが、人間の資質もまた意思とは無関係である。青年はザムザやKの一歩手前を歩んでいるのである。