ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rachel Joyce の “The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry” (2)

 結局これは、去る6月、ちらっとシノプシスを読んだときの「何となくヤワな感じ」という先入観を消せないまま終わってしまった。もちろん凡作ではないし、それどころか、こういうヒーリング小説に安らぎを覚える読者がいても決してフシギではない。だからこそ、アマゾンUKではベストセラーになっているのだろう (Literary Fiction 部門で Kindle 版6位、ハードカバー版10位。ちなみに、おとといと違って、ほかの候補作もいくつか顔を出している)。
 ただ、ぼくは昨日のレビューに書いた理由で、以前注文を取り消したときと同じく、ヘヴィな内容が重視されるはずの「ブッカー賞には合わないだろう」という気がする。どうしてロングリストに選ばれてしまったのかな。
 最初のうちこそ、去年の受賞作、"The Sense of an Ending" を思わせ、「老人の人生観照小説」とでも言うようなおもむきだったのだが、読み進むうちに、同書との決定的な違いに気がついた。あちらは「ノスタルジックながら感傷を抑えた筆致で、静かな人生の省察に満ちあふれている」。ところが本書の場合、「お涙頂戴式とまでは言わないにしても感傷的で甘ったるい描写が多く、かつ同じような説明のくりかえしに退屈してしまう」。Julian Barnes だったら、もっともっと簡潔に書いていただろうに、と何度か思ったものだ。要するに、甘くてくどい。だからイマイチ乗れなかった。(他人の文章のことをとやかく言う資格はないのだけれど)。
 でもまあ、ぼくのように「重箱の隅をつつかないほうが楽しめるだろう」。いっさい文脈を紹介せずに引用すると、'It seems a long time since I found you in the stationery cupboard.' (p.282) という主人公のセリフは泣かせる。You could be doing something so everyday―walking your partner's dog, putting on your shoes―and not knowing that everything you wanted you were about to lose.(p136) It had been hard being her guest. It was hard to understand a little and then walk away.(p.138) Harold could no longer pass a stranger without acknowledging the truth that everyone was the same, and also unique; and that this was the dilemma of being human.(p.150) などなど、心にのこる文言を拾ってみるのもいいかもしれない。
 ここで突然、話は変わりますが、昨日ガーディアン紙をネットでながめていたら、John Banville が新しいフィリップ・マーロウ物語を書くかもしれない、という驚天動地のニュースに気がついた。http://www.guardian.co.uk/books/booksblog/2012/aug/09/john-banville-philip-marlowe-raymond-chandler 恥ずかしながら、Banville が Benjamin Black という筆名で推理小説を書いていることも初めて知ったが、とにかく日本の出版社も大いに期待していることでしょうな。