ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ann Patchett の “Bel Canto” (1)

 2002年のオレンジ賞受賞作、Ann Patchett の "Bel Canto" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

Bel Canto

Bel Canto

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[☆☆☆★★★] バベルの塔が崩壊したのち人類は共通言語をうしなったが、もしまだそれに近い媒体があるとしたら、それは音楽かもしれない。しかし音楽は、はたして人間を結びつけるものなのか。本書は、この魅力的な問題を提示している点で評価に値する。南米の某国副大統領の邸宅で、五ヵ月にもおよぶ人質拘束事件が発生。当初は、パニックに襲われエゴを露呈する人質たちの姿が型どおりで興ざめだが、そのパニックぶりと、こっけいな事情で目的を果たせなくなったテロリスト側のドタバタが重なり、凶悪な事件がオフビート気味になるあたりから快調。テロリストと人質のあいだには言葉の壁があり、人質たちもそれぞれ各国の要人で、おたがいに意思がほとんど通じない。通訳をはさんだやりとりがコミカルで大いに笑える。さらにぐっと盛りあがるのは中盤、人質のひとりがショパンを弾き、世界的に有名なソプラノ歌手が美声を発した瞬間から。テロリストも人質もいちように聴きほれ、一種のストックホルム症候群がはじまる。言語による意思伝達がままならない閉鎖空間で長期間、非日常的な体験を共有するなか、音楽はどこまで彼らを結びつけ、またなにが彼らを引き裂くのか。この問題がとことん追求されない点に不満はのこるものの、不条理な悲喜劇という人生の本質を象徴するような空間の設定がみごと。そこで起きる心のふれあいもかなり感動的である。