ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ann Patchett の “Bel Canto” (2)

 雑感にも書いたとおり、これはぼくの〈旧作探訪シリーズ〉第3弾。なにしろ、ミステリ以外の海外文学を本格的に読みはじめたのは今年の夏で13年目。そのうち、最初の6年は古典中心で、現代文学を少しずつリアルタイムで追いかけるようになったのは2006年くらいからだ。それゆえ、そのあたり以前の定番の名作は、気が遠くなるほど読んでいない。でもまあ、千里の道も一歩から。ぼちぼち catch up するしかない。〈千里一歩シリーズ〉というわけだ。
 さて、長らく積ん読中だったこの "Bel Canto" も名作らしいということで、相当に期待しながら読みはじめたのだが、結論としては、期待したほどではなかったが佳作。とりわけ中盤以降、テロリストと人質、そして人質同士のからみがすばらしく、ネタを割れないのがとても残念だ。
 なかんずく、通訳と……いやいや、やめておこう。なんだ、こんなの、よくある話じゃないかと斜に構えつつ、つい泣けてしまった。「心のふれあいも定石的ながら胸を打つ」とレビューにはそっけなく書いたが、じつは大泣き。この通訳がらみの話には、☆☆☆☆を進呈したいところだ。甘いかな。
 それから、この人質事件そのものが「不条理な悲喜劇という人生の本質を象徴」している点もすばらしい。たまたま本書の前に読んだ Jess Walter の "Beautiful Ruins" のレビューでぼくは、「泣いて笑い、笑って泣く――それが人生なのだ」と書いたばかりだが、何か一本筋の通ったロジカルな世界が人生なら苦労はしない。何もロジックが見えない、得ようとしてもなかなか手に入らない、だけど欲しい。不条理が、泣き笑いが、悲喜劇が生まれるゆえんである。この「ロジック」を「目標」や「理想」におきかえたとたん、悲喜劇の意味もピンとくることだろう。このごろぼくは、そんなふうに自分の人生をながめていることが多い。
 なぜ「期待したほどではなかった」のかについては、レビューや雑感でもふれているが、もう少しだけ補足したいと思う。