ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Barbara Kingsolver の “Demon Copperhead”(4)

 前々回、「細部がよく書けている作品に駄作はほとんどありません」と大見得を切ったばかりなのに、あれま、"Trust"(2022)にはガッカリ。さすがに駄作とはいわないけれど、秀作になりそこねた水準作だった(☆☆☆★)。
 一方、表題作はといえば☆☆☆★★。二冊同時にピューリツァー賞受賞というニュースを知ったときはひとり盛り上がったものだけど、"Demon Copperhead" の開巻しばらくしてから、はて、これ、そんなにすごい傑作なのか。それが "Trust" の第三部で、おお、こっちはなかなかイケてるぞ、と持ち直したものの、終わってみれば上のとおり。結局、二冊ともぼくにはピューリツァー賞にふさわしい出来とは思えなかった。
 今世紀にかぎっていえば、二冊読みのこしているピューリツァー賞受賞作のなかで、ぼくのイチオシは Michael Chabon の “The Amazing Adventures of Kavalier & Clay”(2000)。

 いまチェックすると、☆☆☆☆と評価したのはキビしすぎる。あれはメチャクチャおもしろかった。物語性だけに絞れば、★をふたつ追加してもいいくらいだ。
 それにひきかえ、今年の二冊はせいぜい最終候補作どまり。2012年と同じく、受賞作なしでもよかったのではないか。
「どうも最近のピューリツァー賞はレヴェルが落ちているのでは」と、いまは亡き優秀な英文学徒T君が感想を洩らしたのは、もう十年以上も前のこと。彼が Chabon を読んでいたかどうかは尋ねようもないけれど、たしかにこの五年くらいの受賞作をふりかえると、どうも最近の同賞は、とぼくもいいたくなってしまう。
 ただ、表題作にもおおいにテンションが上がるエピソードはある。主人公の貧乏少年 Demon が年老いた売春婦につきまとわれるくだりだ。Two trucker guys were talking to each other at the urinals, so I went in a stall and peed. Then sat down on the throne, pants up, just to be someplace quiet and try to think./... I waited until the trucker guys left before I opened the jar and started pulling out the mess of cash./... I heard the door open and somebody come in... / "Hey redhead. Come on out and play nice."/ Christ Jesus, it was a lady in the men's room. Her. I held the breath as long as I could before letting it out. I heard her moving around.(pp.178-179)
 ここを読んだとき、ぼくも Demon 少年同様、思わず held the breath。以後、Demon がなけなしの持ち金を女に奪いとられるまでが本書のハイライト、とはいえないかもしれないけれど、いやはや、すごいものでした。全篇こんな調子なら、まちがいなく最低、☆☆☆★★★は進呈していたことだろう。
 その魅力をひと言でいえば、悪意のおもしろさ。悪意こそ物語を、人生をイベントフルにする最大の要因のひとつでは、と思えるほど引きこまれた。じっさい悪意の被害にあうと、不快きわまりないものですけどね。(この項つづく)

(ドラ娘が企画した九州・四国旅行の前半はグルメツアー。なかでも、博多の〈大地のうどん〉で食べた「ごぼう天うどん」がいまだに忘れられない)