ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Klingsor's Last Summer" 雑感 (1)

 長らく本ブログを休止していたが、このシルバー・ウィークを利用してボチボチ再開することにした。
 まず採りあげようと思ったのは、Hermann Hesse の英訳中短編集 "Klingsor's Last Summer"。ヘッセといえば、誰でも思い浮かべるのは『車輪の下』とか『デーミアン』あたりだろう。ぼくもたしか中1のころに読んだ憶えがある。今は亡き父に買ってもらった世界文学全集の第1回配本くらいが、たまたまヘッセ集だったのだ。
 が、例によって内容はほとんど記憶にない。青春小説の定番のひとつ、という程度の知識を得たのも後日談。いつのまにかヘッセはぼくの眼中から消えてしまっていた。
「ヘッセなんて……」と鼻先で笑った大学時代の指導教授のひとことも、ぼくがますますヘッセから遠ざかった原因のひとつである。「好きな作家は?」と尋ねられた同じゼミの学生がヘッセのファンだったのだ。単純なぼくはそのとき、「やっぱり、ヘッセはたいしたことないんだな」としか思わなかった。
「やっぱり」というのは、ぼく自身、ヘッセを読んだことがあるのは上記のように少年時代だけで、その後ぼくは、同じ文学全集で接したエミリ・ブロンテやヘミングウェイドストエフスキーなどのほうに強く傾斜して行ったからだ。そういう巨人たちと較べるとヘッセは……とぼくも鼻先で笑っていたのである。
 けれども、上のヘッセ集の中で読んだ作品のうち、ひとつだけ妙に心に引っかかるものがあった。それが今回英訳で読み直した『クリングソル最後の夏』。これだけはいつか、それも年を取ってから再読しようと思っていた。
 心に引っかかった理由は特にない。が、しいて言えば『車輪の下』をはじめ、いくつか続いた青春小説の中にあって、『クリングソル』だけが(当時のぼくの印象では)老人が主人公だったからだ。「老人が最後の恋をして死ぬ話」というイメージがなぜかしら少年のぼくの心をくすぐった。ずいぶん老けた少年だったようだ。
 というわけで、とうに還暦を過ぎたぼくがこの夏、愛媛の田舎に持ち帰った洋書の一冊が "Klingsor's Last Summer"。バスの中でページをひらいてみると、最初はお目当ての作品ではなく、"A Child's Heart" という短編だった。
(写真は四万十川。高瀬の沈下橋を望む絶景ポイントのひとつ)。