ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Klingsor's Last Summer" 雑感 (2)

 巻頭の短編 "A Child's Heart" は初読。邦訳があるのかどうかは知らないが、タイトルどおりの青春小説で、その意味ではヘッセ十八番の題材と言えるかもしれない。ただし、これは今やうっすらとしか憶えていない『車輪の下』や『デーミアン』がおそらく彼の代表作だろう、と仮定した場合の話にすぎない。
 主人公は11歳の少年だが、大人になって30年後に子供時代のある事件を回想するという設定なので、当然、子供だけでなく大人の視点も入り混じっている。子供のありのままの心理を描きながら、同時にそれを大人として客観的に分析するという書き方だ。一例を挙げよう。
During the summer holidays I had once built a castle here with my cousins; it was still partly standing. Everywhere were vestiges of former times, everywhere mirrors out of which a child looked at me who was different from the child I was today. Had I been all those others? So gay, so contented, so grateful, so comradely, so affectionate toward Mother, so untouched by anxiety, so incomprehensibly happy? Had that been me? And how could I have become what I now was, so utterly different, so wicked, so full of dread, so distraught? ....everything was poisoned, shattered. Was there no way back to happiness and innocence? Would what had been never be again? (p.23)
 つまり「無垢と経験」、「純粋と不純」、おおげさに言えば「善と悪」という対比がここには読み取れる。こんな対比が11歳の少年に果たして可能なのだろうか、少なくとも、小学生時代のぼくはそんなこと、考えもしなかった(だろう)なあ、と思うにつけ、やはり「大人の視点も入り混じっている」と言わざるをえないのである。
 「無垢と経験」というテーマは青春小説において定番中の定番……というより、これにまさるテーマがほかにあるのか、と思えるほどだが、奥付を見ると、原書が出版されたのは1957年。当時としては、まだまだ新鮮な題材だったのだろうか。
 念のため既読の洋書リストをながめてみると、同時期に書かれた少年小説(少年が主たる役割を果たす小説)のうち、ぼくが読んだことがあるのは William Golding の "Lord of Flies" (1954)、Graham Greene の "Twenty-One Stories" (1954)、John Steinbeck の "East of Eden" (1952) といったところ。ううむ、やっぱりヘッセの旗色はどうも悪いようですな。
(写真は、川登大橋から眺めた四万十川)。