ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paul Beatty の “The Sellout” (2)

 久しぶりに P Prize. Com をのぞいてみたら、本書が今年のピューリッツァー賞の最有力候補に挙げられていた。ふむふむ、これは今年の全米書評家協会賞受賞作でもある。ひょっとしたら二冠達成かも、と思って取りかかった。
 期待はずれ。P Prize. Com の予想では泡沫候補に近かった "The Sympathizer" (未読) が栄冠に輝いてしまった。その報を知ったとたん、"The Sellout" を読むスピードががくっと落ちたのは、それだけノリノリではなかったからだろう。
 これを読んでいるうちに思い出したのが Edward P. Jones の "The Known World"。あの名作はもう邦訳が出ているのだろうか。ぼくが読んだのは出版後3年たってからのことだったが、当時はまだ未訳のままだった。アメリカの黒人差別の問題を扱った小説は数多くあり、名作秀作もたくさんあるものの、それだけに最近、新作が日本に紹介されることは少なくなったような気がする。「売れない」という出版社の判断があるからだ(と推察する)。
 "The Known World" でさえ今なお未訳であるとしたら、この "The Sellout" はなおさら日本では「売れない」だろう。とそう思いながら読んでいたのが「ノリノリではなかった」理由かもしれない。
 アメリカの「実情に詳しい読者ほど楽しめるものと思う」とレビューに書いたが、これは裏を返せば、あまり詳しくないはずの日本の一般読者には取っつきにくいかもしれない、ということだ。何を隠そうぼく自身、ああ、たぶんそういうことなんだろうな、とあちらの現状を想像しながら読むしかなかった。
 むろん普遍的な問題をはらんでいるという意味では、ぼくたち日本人が読んでもおもしろい部分がある。その点は次回にふれるとして、これがいかにもアメリカ的な小説であることは間違いない。それゆえ、これまた想像にすぎないが、「本書を読んでげらげら笑っているうちに、待てよ、と考えこんでしまったアメリカ人読者も多いのではないだろうか」。
 以下、"The Known World" のレビューを再録しておこう。周知のとおり、"The Sellout" と同じく全米書評家協会賞の受賞作 (2003) である。

The Known World: A Novel

The Known World: A Novel

[☆☆☆☆] 不思議な小説だ。最初は、小説であることを疑ったほどだ。これは年代記なのか、それともノンフィクション・ノヴェル、はたまたドキュメンタリーなのか。しかし、読み進むにつれ、確信した。これはまぎれもなく小説なのだと。舞台は南北戦争前、奴隷制の敷かれていたヴァージニア。日常的な事件にしろ、奇異な出来事にしろ、とにかく奴隷にまつわる小さなエピソードが淡々と綴られていく。登場人物は非常に多いが、必ず説明がついているし、巻末に人物リストもあるので、それをときどき参照しながら読む。各人の話はしばしば、何年も何十年も先の将来に飛び、そしてまた現在に戻る。という調子で、かなり入り組んだ構成になっているが、一つ一つの事件を追いかけているうちに、やがて小説的現実の生みだす魔力とでも言おうか、その虜になってしまうから不思議だ。声高に人種差別を指弾するのではなく、タペストリーさながら、奴隷の日常生活を丹念に織りこんでいき、最後に浮かびあがる絵模様としての奴隷制。巻末に、本書に関する著者とのインタビューが紹介されているので、それもぜひ読んでほしい。英語はブロークンな会話表現も多いが、すぐに意味がわかる程度なので、南部文学だからといって恐れることはない。
(写真は宇和島市辰野川。向こうに宇和島橋が見える)